仮初のつがい鳥
8−2
 背中にわさわさと、ビニル袋の感触がして甲子郎は振り返った。自分の胴体にまわった細腕に、重そうな土産袋が下がっている。
 甲子郎は稔の両腕を自分の胴からほどくと、袋を彼女の腕から引き取った。
「稔さん、土産持ってきてくれてありがとう。あずかるよ」
 お使いを達成させた子どもをほめるように稔の頭をなでてやると、彼女は頭に置いた甲子郎の手に強く抗い、立っている位置から半歩退いた。
「いきなり、抱きついてすみませんでした」
 甲子郎から視線を逸らし、目元を赤らめ唇を引き結ぶ。自分の行動に対する照れと子供扱いされた憤りが、表情にありありと映し出されていて、甲子郎にはいっそ微笑ましかった。思わず頭をぐりぐりなでたくなって、拒絶されたことを思い出しその衝動をぐっと堪える。
「お昼、なに食べようか」
 気まずそうな彼女を察して、甲子郎は話題転換を試みた。しかし、稔は甲子郎から視線を逸らしたまま、顔をあげようとはしない。
 なんとも扱いにくい年頃だ。
 そんなふうに甲子郎が肩を落としている背中に、声がかかった。
「江副、こんな所でなにやっているんだ?」
 振り返った甲子郎はぎょっとして肩を揺らし、顔をあげた稔はそれを目撃した。珍しく動揺を見せる彼の挙動に、稔は少しの嬉しさを感じながら小首をかしげる。甲子郎の腕越しに、声をかけてきた男性が視界の端に捉えられた。
 知らない人が一人と、もう一人は見たことのある人だ。結婚式の時に挨拶をした、甲子郎の高校の友人で、兄の後輩の若松さんだ。
「赤穂こそ、もう戻っている時間だろ?」
 どこか険の含まれる甲子郎の声音に、稔は瞬きを数度繰り返すと、物珍しげな視線を彼の後頭部へ注いだ。しかし、残念なことに視線を注がれた彼のほうは、後ろに目がないせいで彼女の意図には応えてくれない。
 よもや甲子郎が眉間に不快な一本筋をきざんで、件の赤穂と対峙しているとは稔も思わなかったが、それでも彼がどことなくいつもの平静さを欠いていることは声音で気付いていた。
 一体何に焦りを感じているのか、無理に知りたいとは思わない。思わなかったのだが、赤穂と呼ばれた甲子郎の知り合いによって、彼女は知ることになる。

「あれ?そっちの子は……」
 赤穂が甲子郎の肩越しに、ひょっこり顔を出したので、稔は慌てて会釈をした。
「はじめまして、稔です」
 ここはやはり、「主人がお世話になっています」と良妻らしく振舞うべきなのだろうかと逡巡する稔をよそに、赤穂は稔と甲子郎と土産の袋を順繰りに見てから唇をとがらせる。
「なんだよ江副。美人の新妻を見せたくないからって、忘れた土産をわざわざ妹さんに持ってきてもらうこともないだろう」
 妹さんもとんだ災難だよねえと赤穂は人好きのする笑みを浮かべるのだが、稔はなんと否定してよいものか口ごもり、甲子郎の反応を窺った。
 しかし甲子郎は稔の予想を裏切り、うんともすんとも言わない。
 稔は不審に眉根を寄せて甲子郎を見つめる。彼女の念力が通じたのか、振り返った彼の表情はしかし、芳しくなかった。

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