仮初のつがい鳥 |
6−4 |
あれだけ空港で機嫌よくしていたのに、飛行機に乗るなり稔は再び調子の悪さを訴えた。もともとの不調に乗り物酔いでも加味された結果なのか。 キャビンアテンダントに甲斐甲斐しく世話を焼かれ、甲子郎にも心配させて、稔は目的地への着陸を待たず失神一歩手前の状態で眠りに就いた。 揺さぶっても声をかけても一向に起きる気配がないため、甲子郎はしぶしぶ稔の体を手荷物とともに担いだ。本当は力仕事など得意ではないのだが、稔の軽い体くらいであればまだ持ち上げられる。 出口に並んだキャビンアテンダントたちが、羨望の眼差しで稔を見送った。 彼女らは稔の世話を焼くかたわら、チラチラと甲子郎を盗み見てははしゃいでいたようだが、甲子郎はそれに苦笑を禁じえない。 思い出して、甲子郎は彼女らに深々と頭を下げた。感謝の言葉と笑顔を向けると、見る見るうちに並んだ顔が赤くなっていったのが可愛らしかった。 空港のゲートを出ると、実家から派遣されたスタッフが車をまわして待機していた。実家の江副に仕える優秀なスタッフは、甲子郎からの連絡を受け、すでに病院の手配から宿泊先の手続きまで完了している。 車で迎えに来た運転手は、稔を担いだ甲子郎を見て二三度まばたきをしたあと、両腕を持ち上げて首を傾げた。 「横抱きになさったほうが、奥様はお喜びになるのでは?」 荷物のように担がれて寝苦しいのか、体調不良によってうなされているのかは分かりかねるが、稔はそれでも甲子郎の肩でぐうぐう眠っている。 「喜ぶ喜ばないの問題じゃないだろう」 色気や乙女の夢以前の問題である。所謂「お姫様抱っこ」をしたところで、熟睡している稔には分からないであろうし、そもそも彼女がそんなことで喜ぶ女の子なのかどうかも甲子郎には疑わしい。 この非常事態にそんな場違いな話をされて、甲子郎はいささか気が抜けた。 後部座席に身を沈め、息を吐くと、自分が思ったよりも気を張っていたのに気付く。肩から下ろした稔はまだまだ起きる気配がなく、甲子郎は熱を測ろうとして差し出した左手の、固く作った拳を、不思議なものでも見るように眺めた。 まるで自分の手ではないかのように、自由に動かすことが出来ず、握り締められた指が思うように離れなかった。 ようやく開いたてのひらを、稔の額にかざし、軽く触れて撫でた。 頬を伝って、甲で首筋に触れても、赤い耳に触れても、額と同じ温度だった。 「まだ熱い……」 これからまだ熱が上がるだろうと甲子郎は予想する。 「可愛そうに」 高熱にうなされて、寝苦しそうに喘ぐ稔の姿を想像した。 稔の身体は驚くほどに細い。同じ年頃の女の子の中でも、標準を大きく下回るだろうことは容易に分かる。まるで骨と皮だけの体。女の子なのにガリガリで、脂肪も丸みもあったものじゃない。 蓄えのない、いかにも体力のなさそうな身体で病魔に打ち勝つことができるだろうか。たかが風邪、されど風邪。風邪で人死にだって出るのだ。 今から病院にかかる稔が風邪で死ぬとは微塵も考えていないけれど、こんな弱々しい身体では、たかが風邪でも相当長引くだろう。 新婚旅行の為にとってある休暇は、丸ごと稔の看病に費やされるかもしれない。 しかし甲子郎は嫌だとか面倒だとかは全く考えなかった。 今までで一番、庇護欲をかき立てる弱りきった稔の姿に、わずかな満足感と残りを占める責任感が胸中に宿った。 |
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