仮初のつがい鳥
6−3
 甲子郎は物言いたげに口を幾度か開閉させて、観念したように低く呻って稔の肩に額を乗せた。
若さとは時として自分の健康を顧みず、楽しいことや欲しいものに心血を注ぎがちだ。同じ年頃を経験した甲子郎にはそれが良く分かるのだが、それを諌めて大事に至る前に制御することが大人の役割である。
 甲子郎は再び顔を上げると、一度唇を引き結んで口を開いた。
「百歩譲って家に帰らないとするけど、どれかは諦めてゆっくり静養すること」
支えに掴んだ稔の腕はまだ熱くて、熱があることが容易く分かる。
この体のまま当初計画したとおりの旅程を消化すれば、治る風邪も悪化するだろう。悪化して結局は養生しなければならなくなるのだし、行き着く先は同じだと思うが、やはり軽度で治しておくほうが稔の為だ。
「稔さんが決めていいよ。一つの町で、ゆっくりしよう」
甲子郎もゆっくりしたい。
 切実なる本音であるが、目を輝かせて旅行雑誌に見入る稔には言えなかったことである。できれば静かな所が良かったが、そこまで強要するつもりはないし、彼女の楽しみを奪うのは可愛そうだと思う。
 稔は下唇を噛んで渋面を作った後、視線をうろうろと彷徨わせて思案中だ。しかし下の方でこっそり指折り数える手を発見して、甲子郎は先手を打った。
「選べるのは、イッコだけだよ。イッコ」
人差し指で念を押すと案の定、言葉に詰まったようにのどが鳴った。
稔に分からないようにこっそりと溜息を吐いて、再び思案にふける彼女を見下ろした。
彼女はどこを選ぶのか。


 数時間後、二人は目的地へ移動するために空港へ。
 稔は北海道限定、紫色の子猫グッズを眺めてご満悦だ。
しかし彼女が最終的に購入したのは、まん丸緑色の子猫グッズ。
富良野のラベンダーではなく、阿寒湖の特別天然記念物。
「この丸みが可愛いのです」
ほんのり笑った笑顔が、真実、彼女が可愛いと思っている証拠なのだろうが、甲子郎にはその可愛さはよく分からない。
「紫色の方が女の子らしくて可愛いけどねえ……」
 丸々肥えた緑の子猫が頭に付いたボールペンをじっくり眺めながら、甲子郎は首をひねった。

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