仮初のつがい鳥
5−4
 地下にある炭坑があまりにも寒かったので、稔は隣に身を寄せて歩いた。人肌のぬくもりに居心地よさを見出したから、ただそれに寄り添っただけ。
だから地上に出て、暖かい気温に肌が触れたら距離を置いた。
稔は前を歩く甲子郎の背中を見ながら心の中で言い訳をした。
 じっと甲子郎の背中を眺めながら歩いていたら、突然それが振り返ったので少し飛び上がった。
「昼ごはん食べようか」
彼は腹に手を当てて空腹のゼスチャーを稔に見せる。稔は時間を確かめようとポケットから携帯電話を探した。けれど稔の携帯はホテルの部屋に置いてきてしまったので生憎ポケットには入っていない。
どこかに時計は設置されていないかと見回したが、ハッと思いついて甲子郎の左手を取った。
甲子郎が訝しげに「何?」と呟いたけれど、稔はお構いなしに袖をまくって、彼が腕につけている時計で時間を確認した。
「もうお昼ですね。デザートにメロンが食べられるなら、甲子郎さんにお任せします」
稔の行動に呆気にとられながらも甲子郎はメロンを楽しみにする稔を微笑ましく思った。


「ご馳走様でした」
 行儀良く手を合わせて綺麗に平らげたメロンに向かってお辞儀をする。
顔を上げた稔は満足そうに笑った。それを見て甲子郎も満足げに笑う。
「メロン好きなんだね」
 内心おなかを壊すのではないかと心配なのだが、稔は全く平気そうな顔をして自分の目の前に並んだメロンの皿を眺めた。
「ええ、大好きです。生まれ変わったらメロンになりたいくらい」
「メロンになったらメロンは食べられないよ?」
くすくすと甲子郎は可笑しそうに笑う。それに対しては稔はほんのり頬を染めただけで、いつものようにむきに言い返してはこなかった。
「小さい頃の将来の夢はメロンだったんです。それくらい好きなんです、メロン」
幸せそうな顔をして、8分の1にカットされたメロンが載っていた皿4枚を笑顔で見る。
「じゃあ、僕の分もあげればよかったね」
 甲子郎は稔ほど好きではないから、こんなに好きだといっている人に食べられたほうがメロンも本望だろう。
「いえ、半分も食べれば充分です。これ以上食べたらおなか壊します」
「確かにね」
けれど本音はまだ食べたいのだろう。視線はずっと薄皮一枚残したメロンに釘付けだ。
明日もデザートにメロンが出るメニューにしよう。

「……甲子郎さんは、小さい頃何になりたかったんですか?」
 自分が幼い頃になりたかったものを言ったからだろうか。メロンだなんて人間ですらないものになりたかったとは子供の頃の話だけに面白おかしい。
甲子郎は思い出そうとして天井を仰いだ。
「さあ……なんだったかな?ずいぶん昔のことだから記憶にないなあ」
20年以上も昔のことなんて、なかなか思い出せない。
 けれど何かのきっかけに、記憶の引き出しはぽろっと開くもので。
「……豆電球……?」
元気よく手を上げて、両親に言う自分がフラッシュバックした。
 甲子郎の呟きを聞いて、稔は目を丸くした後テーブルに突っ伏した。
肩が小刻みに揺れていて、メロンに笑われたくはないものだと甲子郎は片肘ついて顎を乗せた。
 五十歩百歩。目くそ鼻くそを笑う。

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