仮初のつがい鳥 |
4−2 |
もう客は帰った後の遅い時間。ネクタイをきっちり結んだ甲子郎の首元に視線を移して、まだ仕事をしていたのかと稔は思った。 「お仕事ご苦労様です」 珍しく素直な言葉がこぼれて少し頬を赤らめた。 一度体を離したが、赤らめて頬を見られたくない衝動からか、再び甲子郎へと身を寄せた。 人のぬくもりが予想外に居心地よくて、稔はまどろみそうになる。 「ありがとう」 甲子郎の低い声が優しく響く。このまま眠ってしまいたい。 ありがとう、なんて私の方の言葉なのに。 腕の中で寝息が聞こえてくるのにそう時間はかからなかった。 大人しくじっとしていると思ったら、規則的に揺れる肩がそれを物語っていた。 背中に回した手の平でポンポンと叩いたら、首に回った腕に力がこもって頭が肩に乗ってきた。思わず苦笑が漏れるのも仕方がない。 結婚式が約2週間後に迫ってきていて、忙しさと緊張で疲労はピークに達しているのだろう。 起こさないように、よいしょと小さく掛け声をかけて抱き上げても、稔は身じろぎひとつすることなく大人しく抱っこされている。 まったく世話のかかる、大きな子供だ。 けれどちっとも面倒だとか鬱陶しいとか嫌な気はしない。 自分の腕の中で眠れるほどには懐いてくれているらしいから。 実際妹がいる身だから、歳の離れた妹とか親戚の子供とかに対する、そういう感覚。言うなら友達の妹だし、小さいときから知っているから、世話することに何の抵抗もないわけで。 寝室のベッドに運び込んで、その枕元に今日渡すはずだった包みを置いて退室した。綺麗に包装してもらって、リボンもかけてもらったのに当の彼女はもう夢の中。 稔の両親が申し訳なさそうに甲子郎に挨拶してくれたけど、気を遣われるほどでもないからと手を振った。 稔の兄からは散々「義弟」と呼ばれて可笑しかった。二人で酒の入ったグラスを傾けてぽつりぽつりと話していたら、やっぱり彼も同じことを思っていた。と互いに苦笑い。 数年前からは想像も出来なかったこと。 まさか稔と結婚するだなんて。 グラスの中で溶けた氷と混ざり合うまだらの液体を嚥下して、もう眠ってしまった彼女へ思いを馳せる。枕もとの誕生日プレゼントは喜んでくれるだろうか。 昔々、将来の夢を語って聞かせてくれた彼女へ贈る。あの頃は無邪気に笑いかけては甲子郎の気を引こうと色々な話を聞かされた。 不意にさっき見た、寂しげな様子の稔が脳裏によぎる。 ああいうのをマリッジ・ブルーと言うのだろうか。甲子郎にはよく分からない。 |
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