仮初のつがい鳥
3−6
 目の前の男と近く夫婦になるのは事実だが、改めて言われると落ち着かない。お尻のあたりがもぞもぞするようで、稔は甲子郎から視線を逸らそうとした。
「ああそうだ、はいこれ」
しかしテーブルの向こうから伸びてきた甲子郎の腕が稔の視界を遮って、視線を再び戻せば彼の右手拳が眼前に。
きょとんとして甲子郎を見るとほんのり笑みが浮かんでいた。
「両手出して」
 甲子郎の催促に、稔は警戒しつつも両手の平を差し出した。
拳に握り込まれていた何かが、彼が手を開いたのと同時に稔の手の平にコロンと転がり落ちてきた。
 稔は両手に収まる四角い箱を見て、数度まばたきを繰り返す。正六面体の白い小箱は上品に臙脂のリボンに彩られて、その存在を誇示する。
「開けてみて」
 甲子郎と小箱を交互に見ていたら、彼は苦笑して小箱を指し示した。
 テーブルの上に置いて、リボンをほどいて、ふたを開ける。
すると小箱よりも真っ白な、純白という言葉がよく似合う、そんなビロードの入れ物が出てきた。さすがにここまでくると、稔にだって中身が何か分かる。
 途端にドスンと腹の底に落ちるような感覚が襲った。
すぐに動悸がして冷や汗も出て、手先は冷たいし、ビロードのケースを開ける手は震えていた。何が入っているか分かりきっているけれど、中身を確かめるのがとても怖かった。
 ゆっくりと重いふたを開けたら、台座に鎮座するリングが見えた。
細くてシンプルなそれは、淡いピンクの石が小さく輝いている。
「どうして泣くの?」
 静かに響いた甲子郎の言葉に驚いて、顔を上げた。
けれど甲子郎は真顔で冗談を言っている風ではない。
誰が?どうして?泣いてる?私が?
 右手でそっと頬に触れると、指が濡れた。
どうして泣く必要がある。稔には自分でも涙を流す理由がよく分からなかった。
 婚約指輪をくれたのだと気づいた瞬間のあの背筋に落ちる鋭く重い感覚。
感情が高ぶって涙を流したとしか言いようがなかった。
 きっとそれは罪悪感からだ。
愛してもいないのに結婚する。愛されてもいないのに、愛の証を受け取ることへの罪悪感。
そして偽りの婚姻で周りの人間を欺く罪悪感。
 こぼれる涙を甲子郎の大きな手が拭う。濡れた手はそのまま稔の左手を取り、ケースから白金のリングを抜き取って、薬指に嵌めた。
 稔はまだ涙でにじむ視界の中で自分の左手を眺めた。
これは罪の証。私は罪人。

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