仮初のつがい鳥
3−5
 あまり広くない個室のテーブルに、二人は向かい合ってただひたすらに食事に没頭していた。
「稔さん、にんじん残っているよ」
 甲子郎は稔の皿に目立つ、オレンジの塊を指摘した。
そして自分はその直後、これ見よがしにオレンジの野菜を口の中に放り込む。
なんて大人気ない。稔はムッと眉間を寄せて、甲子郎の皿に視線を送る。
「甲子郎さんこそ、さっきからおネギがひとつも減っていないじゃありませんか」
そう言って甲子郎と同じようにネギを口に頬張る。
 甲子郎は稔の言葉の後に自分の皿に目を落とし、綺麗に盛り付けられた焼きネギに箸を近づけた。
けれど寸でで止まって小さくため息が漏れる。
「ネギは嫌いだ」
箸を箸置きに置いて、目の前の皿を右手で脇に除けた。
 稔は、こんがり焼き色の付いた白ネギを苦い表情で睨む甲子郎に視線を注いだ。
正直、当てずっぽうで言ったのだが、まさか本当に苦手だとは思わなかった。
さっきから少しも減らないなあとは思っていたが……。
 好き嫌いのある人だとは思わなかった。たとえ、嫌いなものがあったとしても人前では顔色一つ変えず、さも美味しそうに食べるのだと思っていた。
たかだか白ネギひとつの好き嫌いで、甲子郎の欠点と呼ぶにはあまりにも些細な事項だが、その意外な事実は稔にとって大きな衝撃であったらしい。
自分の皿のにんじんを見下ろして、フッと唇が弧を描く。
 甲子郎は稔の表情が変わり行くさまをつぶさに捉えていた。
 結局二人とも、苦虫を噛み潰しながら、皿を空にしたのだった。


 今回の食事で知ったこと。
甲子郎は意外と食い意地が張っている。
それは生きていく為に必然として行うものの執着ではなく、美味いと思うことへの探究心が旺盛であるということ。
稔も美味しい食事をした時、素直に美味しいと感じるし関心も持つ。だけれどそれは一時的で刹那的。
 例えば料理の皿が二人の目の前に同時に出される。そして二人同時に一口目を口に運ぶ。
「おいしいー。」
と感嘆を漏らして、綺麗な飾り付けに目を楽しまされて、どんな食材を使っているのかなあと、稔が二口目を運ぶ間。
 甲子郎は皿に目を落とし、じっと料理を凝視する。
「食べないんですか?」
稔が訝しげに訊ねると、我に返った甲子郎が顔をあげて苦笑い。
「これの材料と作り方とか考えてた」
 皿を指し示して稔の方を見た。
いつもこの調子なのかと思うと呆れてしまう。そんな気持ちが表情に出てしまっていたのだろうか、甲子郎が言葉を続けた。
「誰かと一緒の時は興味のない振りをして後で聞く。一人の時は料理人を呼んでまで聞くよ」
 自分の行動は常人と違うと理解しているからか、甲子郎の言葉には自嘲も含まれていた。
「今日は私が一緒なのに、興味のない振りはしないんですか」
 自分は連れとも思われていないのか。単に自尊心が傷つけられて、稔は唇を尖らせた。甲子郎なんてよく分からない。
 甲子郎はさも可笑しそうにしていたが、笑みを刻む口元を左手で隠した。
そして細めた瞳で稔を見る。
「妻になる人に気取っても仕方がないでしょう」
 稔はびっくりしてナイフを取り落としてしまった。

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