仮初のつがい鳥
3−4
 甲子郎が夕食でもと言った通り、到着したのはどこかの店の駐車場だった。
稔が降りる前に、いつの間に降りてきたのか甲子郎が扉を開けて手を差し出す。そつがない。
店に入っても予約席まで稔を促して歩く姿に無駄がない。
稔は何かひとつでも粗を見つけてやりたいと思ったが、甲子郎の言動を穴が開くほど見たところで何の益にもならないと気づいて店内を見回した。
それに甲子郎ばっかり見てて、気があると思われるのは甚だ心外である。

 店内は壁を飾る絵画だとか、置物には洋風を感じさせる。だからナイフとフォークで食べるメニューだと思ってうんざりした。
 テーブルマナーは人並みに習得してはいるが、好き嫌いで言えば嫌いである。
いくら料理が美味くとも、あの面倒なナイフとフォークがあっては味どころではなくなる。
 あの銀食器が動くところを想像するだけで、人間、せっかく二本の腕と十本の指があるのに、どうしてわざわざ面倒な食べ方をする必要があるんだろうと思えてくる。もういっそのこと手づかみで良いじゃないかとか極論まで頭を占めるのだから、苦手であるのは相当のもの。
それならまだ箸のほうがいくらかマシ。生粋の日本人である稔は当然幼い頃より食事の時は箸のお世話になっている。むしろ箸の持ち方扱い方には自信がある程だ。
「甲子郎さん、ここはどこの国の料理が出てきますか。フランスですかイタリアですか中国ですかトルコですか」
「え、日本」
畳み掛ける稔の口調に圧倒されて、甲子郎は些かたじろいだ。
しかし稔の方は和食と聞いてホッと息を吐いた。
 甲子郎の前で恥をかくのは出来れば避けたい。
出来れば弱みは見せたくない。

 予約席へ向かう道中、よそのテーブルに着く客と何人か目が合った。
女性ばかりで、彼女らは稔と目が合った途端に気まずそうに目を逸らしていくので、なんとなく女の勘が働いた。
 隣を歩く甲子郎を見上げる。一応は、隣を歩くこの男の彼女に見えるらしい。
頑張って服を選んで報われたので稔はいたく満足だった。
「どうかした?」
甲子郎が珍しく怪訝な表情をしていた。
稔の足取りが軽くなったのに気づいて訝ったのだろうか。

 甲子郎と稔が足を止めたのは、予約を入れたという個室の席だった。
扉はないが、他の席とは壁で仕切られた空間で、中に入ると外の喧騒が一気に遮断された。
 この隔絶された空間に、甲子郎とこれから二人きりで食事をしなくてはいけないという事実に、稔は慌てふためいた。
今までこんな個室に二人きりになるのは、彼の会社に契約結婚を持ちかけに行った以来だ。
非常に気まずい。気まずいと思っているのは稔一人なのだが。
ただ一緒に夕食を食べるだけだと自分に言い聞かせ、稔は店員に椅子を引かれて席に着いた。
どんな料理が出てくるのか、それさえ楽しみにしていれば、すぐに終わる。
はず……。

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