仮初のつがい鳥 |
3−2 |
江副甲子郎という人は、メディアが喜んで注目しそうな綺麗な顔立ちをしている。少し気の強そうな印象を受ける面立ちだが、人当たりのよさと柔和な立ち居振る舞いには補って余りあるものがある。 モデルや俳優顔負けの整った容姿は多くの女性を惹き付け、それを武器として甲子郎も会社の知名度を上げている。 稔は母親に笑う甲子郎と、甲子郎の世辞に微笑む母親がいるリビングを後にした。 昔に比べると女性の扱い方に随分慣れが出たように思う。 稔も当時幼かったので確たる事は言えないが、笑顔で居ることには昔も今も変わりはない。だが時折見せていた戸惑うようなぎこちない間が見られなくなった。 相手のどんな言葉や行動にも笑顔でそつなく返している。 それが、会わない間に彼が人生で学んだものの一つだろう。 この分だと浮名が流れていないわけがなさそうだ。実際、学生の身で社交の場に出ない稔でも一つ二つは見聞きしている。 5年後の離婚調停は、きっと稔有利にスムーズに事が運ぶだろう。 稔はクローゼットを押し開けて、母親が甲子郎とのデート用に買い揃えた内の一着を取り出した。 母親なりの気遣いだろうか、隣に並んで見劣りしないように大人っぽい落ち着いたデザインが多い。母親の趣味は華やかな暖色のリボンやフリルだというのに。 背中を覆う重い黒髪を梳り、鏡の前で最終チェックをした。 幼い顔が服と浮いてしまうのは仕方がないが、他は何のおかしいところもない。 胸の薄桃色のコサージュも、刺し色としておかしくない。スカートの丈も短すぎない。リボンは縦結びになっていない。 鏡の中の自分に見入る様は、まるでこれから甲子郎と出かけるのを意識しているようでなんだか滑稽だった。 彼を意識するなんて事はあり得ない。 甲子郎は契約者だ。婚姻関係を結ぼうとしているが、互いの目的が達成されれば破棄されるもので、そこに恋情だとか愛情だとかは存在しない。 自分達は愛し合っているから結婚するのではないのだ。 稔は我知らず、固く結んだ手のひらを、更に握りこんでいた。爪が食い込む。 こんな不毛なことをして、果たして己の望みは達成されるのか。 稔の胸に時々去来する不安が、焦燥を掻き立てる。 どうしようもなく心許なく、胸を掻き毟りたくなる衝動に更に不安を煽られる。 堂々巡りの感情をどうしたら良いのか分からずに、忘れてしまうことでしか逃れる方法を思いつけない。 そして今も稔は誤魔化すように、慌てて部屋を出て行った。 部屋を出て階段を降りると、広間のソファに甲子郎が座って稔を待っていた。 稔の姿を見つけると立ち上がり、ニコリと愛想笑いをして手を差し出す。 稔は彼の手に促されて玄関へ。 母親が玄関先まで見送りに来て、稔の服装の最終チェックをする。 何も言われなかったので、及第点は取れたよう。 「では、行ってきますお義母さん」 甲子郎が母親に頭を下げて、微笑む。 「あまり遅くならない内に帰して頂戴ね、稔さん明日も学校がありますから」 いつから稔の母親は甲子郎から『お義母さん』と呼ばれることを承諾したのだろうとか、甲子郎はもう婿気取りかとか、色々突っ込みたいことはあるのだが、娘の母親と娘の婚約者のいかにもな会話に、なんとなく気がそがれて口を開くのも面倒だった。 |
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