仮初のつがい鳥
2−2
「ご無沙汰しています、利倉 稔です」
 麗しい少女の来客で、驚きはしたがよく見れば知っている顔だった。
久しく会っていなかったが、以前よりも随分大人びたように見える。
それはそうだ、甲子郎が最後に彼女を見たのは3年くらい前だから、小学校を卒業するかしないかくらい。
それくらいの時期と高校生の今では、変っていない方が珍しい。
 甲子郎は自分が部屋の出入り口に突っ立ったままだということに気付いて、机に鞄を置きに行った。
「まあ、座って」
甲子郎の使う机の前に、応接用のソファがある。もうすでに社員によって持て成されていたようで、ローテーブルの上に、湯気の立たない湯飲みが置かれていた。
甲子郎はその湯飲みを取ると、冷めた茶が残っているのを確認し、部屋を出て目に留まった社員に茶を淹れ直すよう頼んだ。
「気を遣って頂いてありがとうございます」
甲子郎が稔の向かいのソファに座ると、彼女は腰掛けたまま頭を下げた。

 二人は茶が淹れ直されるまで黙ったままだった。
そもそも稔が用件を言わないので、甲子郎も聞きにくい。もしかしたら、部外者に聞かれたくない内容なのかもしれないので、社員が茶を持ってくるまではと黙った。
 稔は気まずそうに視線を下げたまま、膝の上で組んだ指を凝視している。
甲子郎はぼんやり稔を観察していた。
「大きくなったね」
思わず呟いていた言葉に、甲子郎自身がはっとした。年頃の女の子に言う言葉ではなかったと、反省する。
稔も一瞬遅れて、甲子郎の顔を振り仰いだ。ぱちくりと目を瞬かせた後、頬に朱が上る。
「もうすぐ高校生ですから」
再び俯く稔に、甲子郎は自分が思い違いをしていたことに気付いた。
「あれ、まだ中学生?」
「はい」
 さも当然と言わんばかりに稔は眉根を寄せて甲子郎を見た。真っ直ぐな眼差しは彼を非難しているようで、失言だったと甲子郎は苦虫を噛み潰した。
 内心焦って言い訳しようと口を開きかけた所で、扉を叩く音が彼を引き止めた。格好悪い所は社員にだって見せられない。
 澄ました顔で茶を運んできた女子社員は、その瞳の奥に好奇の色をふんだんに滲ませて稔と甲子郎の様子を窺っていた。
そうとは知らない稔は愛想よく茶を受け取るし、知ってる甲子郎は煩わしそうに女子社員に視線を遣った。
 部屋の外では二人の関係を憶測に、大騒ぎしているのだろう。
なにせ相手はこんな美少女なのだから。甲子郎は稔に視線を戻した。
女子社員は皆を代表して探りを入れにきたのだから、手ぶらで帰るわけにはいかないのだ。
しかし甲子郎の方も社員達に遊ばれるわけにはいかないので、何食わぬ笑顔で女子社員に礼を述べた。
「ありがとう、もう行って良いよ」
ニッコリと、それはもう怖いくらいの良い笑顔で。
『用事がないなら早く出て行け』
心の声がいっそ聞こえるほどに。
 女子社員は瞬く間に青ざめて、ぎこちなく頭を下げると部屋を退出していった。
女の子には可哀相だったかなと、ミジンコ大の罪悪感がかすめはしなくもなかったが、あのままではいつまでたっても話が出来ない。
 甲子郎はあらためて稔に視線を送った。
 稔の方もすでに顔を上げて、甲子郎に真っ直ぐな眼差しを送っていた。

「用件を伺いましょうか、利倉 稔さん?」
 彼の声に、稔は姿勢を正す。
甲子郎は目を細めた。

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