仮初のつがい鳥
2−1
 甲子郎はこの日、取引先との打ち合わせの為出かけていた。
――だんだんと自分達の会社が注目され始めている。
取引先と契約の数が増えていることから甲子郎はそれを実感していた。
 今のオフィスはまだテナントの小規模だが、いつかは都心に自社ビルを構え、日本の主要都市に支社を置く大企業にしてみせる。日本だけではない、世界にも通用する会社にしたい。甲子郎の夢は果てしない。
 受付もないパーテーションで区切られたオフィスの玄関を抜けると、社員が口々に挨拶をする。
「お帰りなさい、江副社長」
「ただいま」
 社長に対して凝った緊張感がないのが良いと思っている。社長と社員の距離が近いのが、大企業とは違う魅力の一つだ。
社長である甲子郎をはじめ、この会社の管理者が皆若いせいもあるだろうし、会社の規模が小さいからという理由もあるが、できれば会社が大きくなろうともこの雰囲気はなくしたくないと思っている。
 社長室がある奥の部屋へ向かう途中で、社員の一人が甲子郎に来客だと告げた。心なしか口元を緩めて、含みのある視線を送られる。
社長室に通したと言う社員に、内心首を傾げつつ礼を述べたところで、周りの視線が甲子郎に集中していることに気付いた。
「どうかした?」
そう問えども皆一様に気まずそうに視線を逸らし、口元を緩めては興味を社長室へと示す。
 なるほどその来客が原因らしい。
今日の来客の予定はなかったが、一体誰が訪ねてきたのやら。
甲子郎は社長室のドアノブを回した。

 客は正面の窓際に立っていた。ブラインドの隙間から外を眺めていて、甲子郎の目に細い肩が写った。
扉が開く音に一瞬その肩が震えて、彼女は振り向いた。
長く結った三つ編みがふわりと翻り、大きな瞳が甲子郎を捉えた。
 色白の肌に、掴めば折れてしまいそうな華奢な体つき。
大きな瞳を縁取る睫毛はその長さゆえに瞬くたびに影を落とす。
薄い唇と小さな鼻が、小さな顔にバランス良く並んでいて、一種の芸術品と思えるほどの美しさだった。
甲子郎はみっともなく口をポカンと開けて見とれていた。
「あの、・・・江副、甲子郎さん?」
戸惑いがちに掛けられた彼女の声に、甲子郎は我に帰った。
「はい?」
慌てて返事をしたのだが、間の抜けた返しであったに違いない。甲子郎はちょっと恥ずかしかった。男というものは女性の前ではいつでもイイカッコをしたがるものなのだ。
特に、このような美少女の前では。
 こんな知り合いがいたかなと、甲子郎は自分の記憶を引っ張り出す。目の前の客は有名なお嬢様学校の制服を着ている。
女子高生の知り合いなんて全くいないな、と思ったところでふと思い出した。
「もしかして、利倉の……」
心当たりを一つだけ、口にしてみたら当たっていたようで、彼女はゆっくりと、甲子郎に会釈をした。

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