仮初のつがい鳥
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 江副 甲子郎は、6年位前から稔の父親の会社と取引をするようになったエンジニアリングのベンチャー企業の社長を務めている、現在28歳の青年だ。
 実家は大手食品会社の列記とした御曹司なのだが、本人は工科大学在学中に同級生らと会社を立ち上げ、一経営者として辣腕を振るっている。
 同じ大学出身のよしみで稔の父親と知り合い、取引するようになったという。
一方でその人柄も気に入られ、よく稔の家に出入りしていたのは2、3年前の話である。昔は稔も彼に懐いていたが、彼が来ないのに追いかけて遊び相手を請うわけもなく、来ないは来ないで時は流れるもので。
今年30歳になる稔の義兄とは年が近いからか今でも仲は良いらしく、義兄の話の折に彼の近況を窺い知るのみだ。特別、興味を抱いていたわけでもなく義兄の話もおざなりな相槌で流していた。
 そんな彼が、なぜ稔に求婚する必要があるのだろう。
お互い歳の離れた兄妹くらいにしか思っていないはずだ。少なくとも稔は。
 しかし不意に思い出す。これは政略結婚だ、利害関係が成立しなければまとまらず、この見合い写真の山は全て稔の実家に利益を求めて稔を求めているのだ。
だとすれば、彼の利は何だろうか。甲子郎にとって稔を求めるだけの利益が、利倉にはあるのだろうか。稔の父親が社長を務める利倉の会社は、もうすでに彼の会社を充分評価しているではないか。
いや、利を生むのは何も利倉の評価だけではない。
今の利倉との関係は、これから伸びていく彼の会社にとってはまだ浅いと言える。少しの不祥事であっさり切って捨てられる可能性は大きい。
だが利倉と縁続きになるのならどうだろうか。
父親は娘婿の会社をより信頼するだろうし、バックアップも惜しまないだろう。
利倉との縁談は、企業経営の踏み台になるらしい。
 彼が利を得る為の道具として稔を求めるのならば、稔にとっては願ったり叶ったりだ。
 稔は甲子郎の人となりを思い出す。
 良家の子息らしく、表情の柔らかい人当たりの良い人物。しかし、自分の望まない事象には決して承諾しない固さと、自分の思い通りに事を運ぶしたたかな頭脳を持っている。
その一方で、女性の社会進出には理解があり実力主義の彼の会社は、男女問わず技能の高い技術者ばかりだった。
 彼ならば、稔の望みを理解してくれるかもしれない。稔の願いを聞き入れてくれるかもしれない。

 稔は近く彼に会いに行くことにした。

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