仮初のつがい鳥
1−4
 次はこれと、母親に渡されたのはまた違う企業の御曹司で、見た目は人当たりの良さそうな、どこにでもいる感じの青年だった。
「あら、新納様はご次男なのね」
今気付いたと言わんばかりに母親は稔から写真を取り上げた。
「ご次男の清正さんってまだ大学生じゃなかったかしら?ちょっと若すぎるわねえ」
首を傾げながら難色を示す。母親の中では19歳の大学生は、16歳の娘の相手としてナシらしい。
「ご長男だったらもっとしっかりなさってて、将来有望なんだけれどねえ」
次男は実家の企業に貢献する気がないのか、アルバイトばかりしているらしいと母親はこぼした。どこでそんな情報を仕入れてくるのか、稔は母親のこぼした噂話にゾッとした。
そんな些細な事まで母親のいる世界では、その人の評判として流れるらしい。
この分だと稔の学校の成績まで噂話の種になりかねない。
他人の醜聞に嬉々として花を咲かせる世界には甚だうんざりだ。
きっと、この新納の次男も稔のような考えなのかもしれない。
歳も近いし人当たりの良さそうな雰囲気は好ましく、選んでも良いと思ったのに、脇によけられたのであれば、あれを選んだところで反対されるのだろう。
稔は溜息を吐きたい衝動に駆られた。
 母親から薦められる見合い写真が切れたので、稔は目の前の山からまた手にとって見始めた。
 何を基準に選べばいいのかさっぱり分からず、とりあえず一通り目を通そうと、流れ作業のように写真と釣り書を開いては閉じた。
 おざなりに見ていた写真であったので、一度は脇によけておいたのだが、稔は一枚の写真に一瞬止まって再び開けた。

 写っていたのは稔もよく知る人物であったが、見合い写真用に畏まって見繕っているからか、別人のようにも見えた。
 添付されていた釣り書を再度確認して、やはり本人であると納得する。
と同時に、何故この人が稔に見合い写真を送ってくるのかが理解できなかった。
「あら、江副のご長男も送ってきているの。ご実家は華々しいけれど、彼の会社はまだまだでしょう?稔さんのお相手としてどうかしらね」
横から覗いてきた母親が難色を示す。稔はグッと眉間に皺を寄せた。
 母親の、どこそこの家の息子という言い方が、人間として見られていないようで、稔にはたまらなく嫌だった。
母親からすると、人間の価値とは全て家格とそのバックグラウンドである企業の経済利益で判断されているようだ。
「甲子郎さんはご実家とは全く無関係の職種でありながら、いくつも成功を収めていると伺っています。会社はこれからどんどん大きくなるだろうと経済誌も報じておりますし、お父様もそのように甲子郎さんには期待されていましたよ」
 母親の呼称の仕方を暗に非難するつもりで名前を出したのだが、結果的には件の男性を弁護する形になってしまった。
嫌いな人ではなかったので、悪く言われてムッとしたのは事実だが。
「あ、あらそうなの。お父様が言うのなら間違いはないわね」
 強い口調で反論した稔に母親はたじろいだ。
しかし稔は母親の言葉に更に機嫌を悪くする。今度は知り合いを蔑ろにされたからではない。
夫の言葉を盲信する無知な妻が何より嫌いだからだ。
母親は稔にとって、世界で一番なりたくない人間だった。

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