仮初のつがい鳥
1−2
 稔は自室の扉を閉めて、深い溜息を吐いた。
――思ったよりも早かった……。
稔は心の中で呟いた。
 16で結婚することには稔自身、なんの反対もなかった。ずっと昔から覚悟していたことであるし、稔一人が拒否を唱えた所で、結局は勝手に許婚を決められて勝手に婚姻届を出されるに決まっている。
せっかく母親が「選んで良い」と言ってくれているのだ。どうせ誰かと結婚しなければならないのなら、稔の有利に働く男性を選ぶしかない。
――稔が高校を卒業した時に、離婚してくれる男性を。


 稔の夢は、『自分の稼ぎで食べていくこと』である。
別に高学歴高収入のエリートを目指している訳ではなく、あくまでも己自身を養っていくだけの経済力で良いのだ。
 姉達や周りの女性が、家格に釣り合う結婚をして、良家の夫人として夫の隣に立ち、子を生み育てていく様を見ていつも思うのだ。
――夫の経済力が破綻すれば、彼女らはどうするのだろう。
 実際、企業倒産の煽りから一家離散の憂き目に遭った人々を人づてに聞いたこともある。
良家の子女として、慈しみ育てられてきた婦人方は、果たしてその辛酸を甘んじて受け入れることが出来得るのだろうか。
自尊心や経済観念の違いが、たとえ一般家庭の生活水準であっても耐え難い屈辱と捉えるのではなかろうか。
 そう思うからこそ、稔は男に頼る生活をしたくないと思う。
結婚をしたくない、というわけではなく、世間知らずの令夫人になりたくないのだ。
 いつでも、どんな時でも、自分の食い扶持は自分で稼げる逞しい人間になりたいのである。
 その為には高校を卒業し、手に職を持つべく専門学校に行こうと思っていた。
だから、それを許してくれる男性が、稔には好ましい。
だが、稔の家に縁談を申し込むような男は、「女は家庭に入るもの」と思っているのが殆どだ。時代錯誤もはなはだしい。稔の最も嫌いな人種である。
その中から稔の自由を許してくれる人間を探すのは至難の業かもしれない。

「稔さん、早く降りていらっしゃいな、お写真また来たのよ」
 母親の声で我に返り、自分がまだ制服姿であることに気がついた。
「今、行きます」
稔は落ち着いて返事をすると、慌てて着替え始めた。

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