友達の彼氏の弟だと紹介された。
女の子のような綺麗な顔の、詰襟を着た高校生。
年下は好みじゃないけど、愛想よくしておいて損はない。彼の上にはフリーのお兄さんがまだ2人いるっていうんだから。

「初めまして、あたし峠本 尚江(たおもと なおえ)って言うの。よろしくね?」

みんなが褒めてくれる、あたしが得意の笑顔を浮かべた。

それなのに、目の前のくそが・・・友達の彼氏の弟は、ぐっと眉間に皺を寄せてあたしを睨みつけた。

「あったま悪そー。」

自己紹介よりも先に口を突いて出た言葉がそんなので、あたし同様一緒にいてた友達の沢柳大和もその彼氏の佐想友三さんも唖然としてた。

「男の金で一生楽して生きたい思てるの丸分かりや。俺、あんたみたいな、頭悪いくせにがめつい強欲女好かん。」

彼の言葉は確かに私の目標を指している。そしてそれは第三者の目から言えばまるで薄汚く欲深い、向上心のない女のように聞こえる。
だけどそれが何だって言うの!?
向上心ならある意味あるわよ!
女として生まれた以上、この男社会で地位財産を築くには茨の道より険しいわ。なら、女が富を得るためには、それを持ってる男に取り入らなくちゃ方法がないのよ。
私は玉の輿に乗りたい。
だから将来有望な男、もしくは金持ちの息子と結婚するべく日夜自分を磨いているって言うのに。

沸々と怒りが煮えたぎってきて、私は人知れず両の手をぐっと握り締めた。

「こっちだってあんたなんかお呼びじゃないわよ!あんたみたいになんにも分かっちゃいないお子様なんか守備範囲外よ!」
「俺かて年上は知的美人が好みじゃ!」

売り言葉に買い言葉、正に一触即発といった空気が漂っていて、私も彼も周りが見えていない程頭に血が上ってたんだと思う。

で結局、場を沈めたのは、彼の頭に一瞬にして振り下ろされたお兄さんの鉄拳。

佐想さんは無表情に、彼の脳天に拳をめり込ませてから、痛みでうずくまった彼を足蹴にした。

「ごめんな、峠本さん。こいつ、照れ隠しに無茶苦茶くち悪なんねん。知的美人が好みとか嘘やから。峠本さんこいつのストライクゾーンど真ん中やで。」
佐想さんは慣れた様子で溜息を吐き、足の下の弟を転がした。

はあ?

「ホンマホンマ、なおちゃんみたいな可愛い系でスタイルいい子、むっちゃ好きやねん。なおちゃんの写真見て、連れて来い言うたんこの子やし。」

肩を叩かれて振り向くと、大和が彼氏の弟を指差していた。

あたしも佐想さんの足の下で転がっている、名前もまだ知らない彼に視線を向けた。
なかなか動かないから、白目向いて気絶でもしてるのかと思ったけど、よく見たらちゃんと目が開いてた。それも真っ赤な顔しながら俯いて。

あたしが見てるのに気がつくと、真っ赤な顔は続行で、急にきゃんきゃんわめきだすの。

「なんやねん、なに見てんねん!このブス!」

あんなこと言われた後じゃ、怒る気なんて更々ない。
だって、二人の証言を裏付けるかのように、目の前の彼は目が泳いでるし。

「せやけど、初対面であないなこと言い出すんは初めてやったから、俺もびっくりしたわ。弟が失礼なこと言うて、ホンマ申し訳ない。」
「むっちゃん、ちゃんと謝っときい。でないと本気で嫌われるんで。」

二人がかりで責められて、彼は渋々といった感じで佐想さんの足から這い上がった。
むっつりと、不機嫌を隠そうともせず私に向き直る。
でもあたしがじっと見つめてやったら、見る見るうちに顔を染め上げるの。
ひねくれててムカつくけど、ちょっと可愛いかもしれない。

「ほら、早よ謝れ。」
「うっさいな。」
お兄さんに小突かれて、一歩踏み出しあたしに近づいた。

「・・・・・・れ・・・」

声が小さすぎて聞こえない。
首を傾げたら、小さく舌打ちされた。あんたがハッキリ言わないからいけないんでしょーが。

「・・・さ・・う・・・・・・・くれ。」

「はい?」
やっぱり聞こえない。
佐想さんと大和もイラついてるみたい。

「・・・・・・さそう・・・む・・・・つ・・・・くれ・・・」

ああ、もう!

「早くハッキリ言いなさいよ!この、根性なし!」

「俺、佐想いつむ!付き合ってくれ!!!!」


へ???


三人を唖然呆然とさせて、彼は緊張のあまり呼吸荒く肩で息をしている。
けど、今までの緊張の糸が切れて悪態ついてた眉間の皺はすっかり綺麗な笑顔に取って代わってて、無遠慮にあたしの両手を握り締める。

「お前みたいなアホでブスに引っかかる男なんぞおらんやろ。俺くらいしかお前の相手したるやつおらんて。俺、自慢ちゃうけど将来有望で金持ちの息子やで、お前の理想ぴったりやし。」

あたしの理想なんてどこで聞いたのかしら。きっと大和がばらしたな。
こんな高慢な物言いされて、女が頷くと思っているのかしらこのがきんちょ。二歳しか違わないけど。
それに誤解なきよう言っておくけど、あたしはすごくモテルのよ。ただ並みの男には用がないわけで。

「ちょっと、ともみんウチらお邪魔やなあ。」
大和が彼氏に耳打ちしている。あたしたちを二人きりにさせるですって!?ちょっと冗談じゃないわよ!
佐想さんは常識人みたいだったけど、大和に言いくるめられて渋々その場を離れたのよ。
「峠本さん、何かあったら大声で叫びな。それから、そいつが生意気な口利いたら遠慮なくどついて良いから。」
そう言い残して。
なんだかんだと弟の味方してるんじゃないわよ!ちょっと、あたしは年下は嫌よ!お兄さんともう一人の弟を紹介してよ!!
っていうか、手が塞がってるのよ!どうやって殴れと!?


「・・・いつむ君、だっけ?手、離してくれない?」

振り解けないくらいがっちり握られてるの。離してくれないかもしれないけど、そうなったら叫ぶだけよ。だけど、彼は手をあっさり離して、握りこぶしを作って両脇に下ろした。

「さっきも言ったけど、あたし、年下は好みじゃないの。」
この際はっきり言ったほうがいいのかも。そう思ったのに、相手はそんなことでは引き下がらなかった。

「俺は好みや!!!」

自信満々に胸を張って言われたんじゃ、自分のことながら照れもできやしない。

「俺、ホンマ将来有望やで?頭いいし、顔いいし、金持ちの息子やし、今のうちに捕まえといて損はあらへん。」
自分で言う?そういうこと。

ん?でも待てよ。
彼の着ている制服に目を遣った。詰襟部分に校章と学年章。
そこは巷では超有名な進学校。最難関大学合格者は全国の高校の中で毎年上位にランクインされるとか。OBは国家公務員だとか医者だとかが多いって。
顔は確かに良い。背も日本の成人男性の平均より5cm以上は高い。
そして、世界にも名を知られる大企業の御曹司。

今は高校生だけど、大学に入れば間違いなく女が群がる。
それこそあたしみたいな容姿もあたしみたいな信条の女も、山ほど寄ってくるに違いない。

そう考えると、つばを付けておくのも悪くない。
年下は好みじゃないけど、あとで後悔する日が来ないとも限らない。
チラリといつむ君を見ると、まるで主人がボールを投げるのを待つ遊び盛りの子犬みたいだった。
可愛い、とは思う。口は悪いけど。
う〜〜〜ん・・・。






「で、結局どうしたん?」
大和たちが待ってる部屋に入るなり、にやりと笑って聞かれた。
それは、彼の態度を見れば一目瞭然でしょう。

「自分の打算的思考に従ってしまった・・・。」
大和が座るコタツの隣にもぞもぞと潜り込んで、食べてくださいと言わんばかりに盛られたみかんを一個掴んだ。
部屋の中を飛び回るいつむ君は、佐想さんにうっとおしがられて、また叩かれていた。

「あれで学年首席の生徒会長いうんやから、学校も見る目ないで〜。」

隣で大和が笑って言ったのをあたしは危うく聞き逃す所だった。

「なに!?学年首席の生徒会長!?ソレ本当??」

そんなの出来すぎじゃない?
あり得なくない?

「いや、ホンマホンマ。ここの兄弟みんなあっこのOBらしいけど、その中でもむっちゃんが一番賢いねんて。ここだけの話、あの子すでに一財産築いてるで。」

そ・・・それは・・・・!!
胸がときめくじゃないの!!

将来性だけでは青田買いも戸惑われたけど、今は大いに心が揺らめいているわ。

ふといつむ君と目が合う。
さっきまでなんとも思っていなかった笑顔が、急に眩しく見えた。

ああ、あたしって、なんて現金な女。
打算で生きてるって実感するけど、別に悪いとは思わない。
だって、彼だってあたしのこと好きだって言うんだから、万事解決よ!
これであたしの将来は安泰だわ!



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