かすがい☆大作戦

02.


迎えを待っている間、手持ち無沙汰なぼくを、受付のお姉さんはおろおろと見守っていてくれた。
声を掛けようか、掛けまいかと逡巡しているようだった。
どうせなら下らないお喋りでもしてくれた方が暇つぶしにでもなるのだけれどなあ、と更なるお姉さんの頼りなさが露見した所で、受付にもう一人お姉さんが入ってきた。
ぼくからすると父と同年代の女の人を、普段は「お姉さん」とは呼ばないのだが、そう呼ばないとなんだか怒られそうな雰囲気の人だった。
一流企業の受付に長年勤めている、落ち着いてはいるけれど頭の回転が速そうで、気の強そうな眦に、凛々しい眉。
全身から頼りになるオーラがにじみ出た人だ。案の定、頼りない受付のお姉さんは、あからさまにホッとして眉尻を下げた。きっと頼りないお姉さんは新人さんなんだな。
きっと今は新人教育中で、指導員のお姉さんが席を外した間にぼくはうっかり来てしまったらしい。
なんだ、ぼくって運が悪いな。

頼りになりそうなお姉さんは受付とぼくを交互に見た後、笑顔でぼくに向かって来た。
「もしかしてお父様を訪ねていらっしゃったの?」
「そうです」
お姉さんはにこにこと笑顔のままぼくの前で腰を落とし、ぼくと目線を合わせた。
「水流社長のご子息ですね」
「……似ていますか?」
このお姉さんとは初対面のはずなのに、ずばり言い当てられてぼくは少々面食らった。
ぼくは父とあまり似ていないので特に驚いてしまう。九割方は母に似ているのだ。
見る人が見れば似ているのだろうか。まあそれはそうだろう、血は繋がっているのだから。
しかしお姉さんは、ふふと笑いながら首を横に振った。
「いいえ、でもお母様にそっくり」
やっぱり似てないのか。ちょっと肩を落としてしまう。
「数年前に一度、お父様のお忘れ物を届けに参られたお母様を拝見いたしましたが、坊ちゃんは瓜二つですね」
「……よく言われます」
ぼくと母を見た人は、誰もが口をそろえて瓜二つだと言う。まるで双子のようにそっくりだとも。
母に似ていることが嫌なわけではないけれど、うんざりするほど聞き飽きた言葉だ。
ぼくが苦虫を噛みつぶしたような顔をしていたら、お姉さんは気づいてまた笑った。
「大きくなったらきっとお父様に似てきますよ」
慰めのような言葉だけれど、なぜか説得力を感じた。

受付の奥でエレベータのベルが鳴ったのを合図に、ぼくとお姉さんは顔を上げた。
振り向くと母自慢の「有能美人社長秘書」が颯爽とこちらに向かって来ていた。
「紅子さんご無沙汰しています。父がいつもお世話になっています」
深々と頭を下げると、彼女も深々とあいさつをくれる。
「こちらの方こそお久しぶりです。また夕飯をごちそうになりに行きます」
彼女の遠慮のない言葉にぼくもさすがに笑ってしまう。そうすると紅子さんもしたり顔で微笑むのだ。
父の第一秘書である内丸紅子さんは料理の全く出来ない独身女性だ。そして父の古い友人だ。
だからなのか、ぼくの生まれるずっと前から、うちに夕飯をよくせびりに来ていたらしい。
ぼくも、生まれた時から夕飯時に紅子さんがしょっちゅういるので、ごく自然のことと感じていたが、最近になって普通と違うということを知ったのだ。
しかし、紅子さんは楽しくて綺麗で強くて優しい常識人なので、普通と違っても悪いことではないと思う。
「さあ御曹司、参りましょうか」
紅子さんは受付のお姉さんたちへ爽やかに礼をのべた後、大仰な身振りでぼくを先へ促した。
「お姉さん方、お忙しい中ありがとうございました」
ぼくは一度頭を下げると、お姉さんたちに手を振った。お姉さんたちもにこやかに手を振りかえしてくれた。
頼りになった受付のお姉さんのことは、帰ったら母に聞いてみようと思う。

「お母さんから連絡きてたわよ」
エレベータに乗り込むと、紅子さんは停止階ボタンを押しながらぼくに言った。
「だめじゃない、黙って出てきちゃ。帰ったらお母さんに謝るのよ」
こっそり出てきてこっそり帰るつもりだったのに、どこでばれたのだろうか。それよりも母に叱られることを想像すると非常に気が重い。母は怒るととても怖いからだ。
うな垂れるぼくの心情とは裏腹に、エレベータはぐんぐん上階へとのぼっていく。
そのうち到着のベルが小気味よく響き、ぼくは紅子さんに連れられて父の待つ社長室へと向かった。
本当は、こっそり入って父を驚かせたかったのだけれど、あえなく失敗に終わってしまった。母から紅子さんに連絡が入っていると言うことは、もちろん父にもこのことは伝えられているはずなのだ。
「ただいま戻りました」
紅子さんが帰還の声をかけ、扉を開けると同時に、部屋の奥で勢いよく人の動く音がした。
「かずさ」
ぼくが紅子さんの背後から顔を覗かせると、父が仕事そっちのけで走り寄ってきていた。
「お父さん!」
久しぶりに顔を見る父に、ぼくも思わず駆け寄ってしまう。忙しい父はぼくらが寝静まった後に帰宅し、朝早くに出勤してしまうので、長らく姿さえ見ていない。
父はぼくを抱き上げるとぎゅっと抱き締めてくれた。ぼくも負けないくらい父の首にかじり付く。
「かずさ、心配したぞ!」
「お父さん会いたかった!」
ぼくら親子の感動の対面に、社長室にいたほかの秘書さんも社員さんも手を止めて暖かい視線をくれる。
室内の人間の注目を一身に集めているのだが、それらに羞恥心を覚える暇もなく、ぼくは父に話をするのに必死だった。
「あのね、お父さん……」
しかし父はぼくの言葉を遮って、おでこをつんとつついてきたのだ。
「かずさ、その前にみんなにあいさつだろう?」
ぼくは開いたままの口をぐっと引き締めた。すると父はそれを合図として腕からぼくを下ろすのだ。

ぼくは膝をついた父から下りて、部屋の中を見回し深々と頭を下げた。
「みなさんお仕事中にお邪魔して申し訳ありません。はじめまして、水流一賛と言います。父がいつもお世話になっています」
ぼくの完璧なあいさつに、室内の人々は揃って感嘆の声をあげ、銘銘賛辞の言葉と拍手をくれるのだった。
お世話になる人にあいさつと礼もできないようでは、人の上に立つ資格がないのだと、父も祖父も言っていた。これくらい、未来の社長なら朝飯前なのだ。
「よくできたね」
そう言って、後ろから父がぼくの頭をなでる。ぼくは嬉しくて、再び父に飛びついたのだった。
「ぼくお父さんと一緒に帰ろうと思って来たんだよ」
「んー、でもお父さんはまだまだ仕事が終わらないよ。しばらくここにいても良いから、かずさはマルベニと一緒に先に家に帰りなさい。お母さんが心配するから」
せっかくぼくが迎えに来たのに、父からは色よい返事がもらえなかった。しかし父の苦労を考えるとみだりにわがままも言えない。
ぼくは結局、日本海溝よりも深く落ち込んで、呟くように「分かった」と言うしかできなかった。



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