『3月26日のこと』 04.


確か今日は私の誕生日のはずなのに、どうしてちやほやされもせずあくせくあいさつ回りに引き回されなくちゃならないんだろう。
私は私の腰にさりげなく手を回す隣の尊さんを見上げた。
私の視線に気付いてか、いつも通りに彼は私を見下ろす。
「今度はホラ、江副食品の社長ご夫婦。」
だけれど返ってきた内容は色気もそっけもない事務的内容で、すぐに視線を戻して私を促す。
常ならば頬のひとつも膨らませてそっぽを向いて機嫌悪くすれば、すぐに尊さんが折れるという簡単な話なんだけど、今はそんな子供じみたことも出来なくて、彼の不審な行動を問いただせない現状がもどかしい。
尊さんに導かれて、次のご挨拶へと足を運ぶ。
「本日はお日柄もよく・・・」云々「お招きいただいて・・・」云々。
どこの人も同じ言葉しか言わないし、私の耳はワンパターンは受け入れないことになっているので愛想笑いを返して適当な相槌を打って、その実会話はこれっぽっちも聞いちゃいない。
その内私の胃袋が仕事をくれと叫びだす。暴動一歩手前で私はこっそりお腹をさすって尊さんをまた見上げた。
今日はね、終了式で半ドンだったのよ、私朝ごはんしか食べてないのよ、本当ならおうちで昼ごはん食べてたところなのに紅子さんに拉致られたから、そいでもって着せ替え人形されたからお昼御飯なんて食べる暇なかったのよ、ここに着てからもずっと挨拶回りで目の前に美味しそうなのいっぱい盛ってるのに手が出せないのよそんなの拷問じゃない?
っていう呪いを込めて見つめたの。
「・・・あとで美味しいものあげるから、もう少し我慢しよう。」
眉尻を下げて困ったようになだめるから、なんだかその首っ玉にかじりつきたくなるじゃないのさ。うずうず。
でも我慢、でも我慢、公衆の面前ですることじゃないし、今の尊さんにそんなことしたらすげなくあしらわれそうな気がする乙女の直感。
空腹だから、もう喋る気力もなくて頷くだけしかできなかった。
その後はハングリー地獄。鳴りそうな胃袋を必死に押さえつけて、顔はそんな素振り見せないお淑やかな笑顔を振りまいて。湖を優雅に泳ぐ白鳥でも、水面下ではあんよが必死に水を掻いているのよね、そういう気分。
限界だって悟ったのは、空腹通り越して感覚がなくなった胃袋でも、体がわなないて手が震えたから。目眩もしてくるし、こりゃあだめだと思って最後の力を振り絞って尊さんの上着を握り締めたの。飯を食わせろ!!
彼もさすがに私の足の覚束なさを感じ取ったのか、笑顔は崩さずそっと別室に誘導してくれた。
そこには夢にまで見たご馳走が!!私のためだけに用意された私のご馳走!でも軽食程度なのはこれからまだ一仕事あるからなんでしょうね・・・。溜息しか出てこん。
「もう少ししたら誕生日ケーキのろうそく吹き消して終わりだから。ね?」
生春巻き頬張ってる私の、パンパンに膨らんだ頬を尊さんが撫でた。
とりあえず喋ることが出来ないから首肯だけして、口の中綺麗になったら聞いてみた。
「尊さんは食べないの?」
「僕はふみを迎えに来る前に済ませたから。」
なるほどそれでそんなに涼しい顔をしていられるのね。私は生春巻きをもう一つ口の中に放り込みながら席を立った。
尊さんはお皿を指差して首をかしげた。
「もういいの?まだ残ってる。」
さて、まだ挨拶回りしなくちゃいけないんでしょ?これも大人の務めなのだ。これから嫌でもしなくちゃいけないことだし、今から慣れておかないとね。
口の中のを咀嚼した後、嚥下。そうそう、忘れてた。
「尊さん。」
「なに、改まって。」
手招きして近寄ってきた彼に、手で少し屈むように合図してその首根っこに飛びついた。ここなら誰もいてないし、いいでしょう。
「ふみ・・・。」
耳朶に熱い吐息がかかる。少しかすれた声が私の胸を打ち震わせる。
抱き締めてくれると信じていた手が、そっと体を引き離すように動いたから、放すまいとかじりついて口走ってた。
「避けないで。」
お願い。
尊さんの指がピクリと反応したのを見逃さない。
「私知ってる。今日の尊さんは私のこと避けてるの。嫌われてる、なんて思わないけど・・・それでも、怖い。」
私を見ない彼の目が他のものを写さないかと。
「避けてるなんて・・・」
手が、優しく背中を撫でて、私の体を包み込む。私の腕をやんわり解いて、向かい合った瞳には私が写っていた。
近づく瞳に吸い込まれそうで、気付いたらキスをもらっていた。
「ふみがあんまり綺麗だから、直視したら抱き締めたくなる。せっかく綺麗にしてもらってるのに、きっと崩れてしまうよ。」
お化粧も髪型も。それは困る。
でも今は、私だって我慢できないよ。
再び首に手を回して。

ちゃんとね、会場に戻るときは口紅直して、尊さんの口も拭って差し上げましたよ?


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