『3月26日のこと』 05.


あんなもんじゃ足りねえ!!と腹の虫が怒りだしたのは、割とすぐ。ああ、育ち盛りの高校生だから、食欲旺盛なんです。と言い訳するのは自分自身に向けて。もうちょっと生春巻き食べたら良かった。変に色気づくんじゃなかったわ・・・。
だけど救世主はやってきた。
燦然と輝くスポットライトを浴びて、観音開きの扉からやってきたのは呆れるほど大きいバースデーケーキ。これあとで食べていいやつよね!
てっぺんにチョコレートのプレートが乗っていて、『ひふみちゃんお誕生日おめでとう』と書かれてあった。私は小学生か。
会場内のどよめきは財を尽くして作られた常識はずれのケーキに向けてのもの。純粋にあんな規格外のスポンジ、どうやって焼成したのか疑問だわ。
「今年はまた一段と大きい気がする・・・。」
「僕もここまで大きいとは思わなかった。」
二人並んで同じ感想。この大きさは半端じゃない。直径がね、私の身長くらいあるのよ。これに私の歳の数だけロウソク並べるんだけど、ケーキ屋さんがよく付けてくれるあの細っこいロウソクじゃあ、しょぼく見えること請け合い。やっぱり用意されていたロウソクは、ケーキの大きさに釣り合うように極太で、こんなのクリスマスミサのキャンドルでしか見たことないわよっていう代物。
これを十数本ケーキに突き立てて、火をつけたら会場の証明がゆっくりと落とされていった。ピアノの生演奏でお誕生日の曲が流れて、最後の音が消えると同時に大勢の視線が私に集中した。
「これ・・・全部消さないといけないの?」
全部いっぺんに吹き消すのは人間には出来ない芸当。当然一本一本まわって吹き消していかなくちゃならないんだろう。
「消さないと、終わらない。」
憐憫の眼差しを送られて、私は一歩踏み出した。ううう、ロウソクがあんなに太いと火もなかなか消えにくいんだよう〜〜。全部消し終わる頃には口が痛くなったわ。
盛大な拍手と共に照明が付けられて、ホテルの従業員さんが手早く切り分けてお皿に盛っていく。

私は号泣する父に、いい加減泣き止めよと心の奥底で思いながら、大きな花束と共に抱擁をもらった。
「ひふみ〜〜〜〜!!!」
恥ずかしい思いと戦いながら、周囲に向けて愛想笑いを送り、裏では顔をしかめて父親からの抱擁に耐えたんだけど。男親から抱き締められて嬉しい高校生の娘がこの世にいるかってーの。私は腹の虫をケーキで黙らせたいんだ、放してよお父さん!なんでそんなに泣いてんのよ!
もう少しで実父に頭突きをかまして鼻血吹かそうとしたところで、尊さんが間に割って入ってくれた。
お義父さん(・・・・)、もうそろそろ放してあげて下さい。」
鼻水すするお父さんと共に顔を上げたら、にっこり笑う尊さんの顔。
「・・・たかし・・・」
恨みがましそうに尊さんを睨むお父さんは、しぶしぶといった体で私を解放した。尊さんに『お義父さん』と呼ばれたのが堪えたらしい、顔が引きつっていた。
尊さんがお父さんをそういう風に呼ぶのは今に始まったことじゃない。何回かからかうように言ってたことがあるけれど、その度にお父さんは目に見えてへこんでた。

解放された私は解放してくれた尊さんにぴっとり寄り添うわけで、それにお父さんは更に機嫌を悪くしてむせび泣いた。
放っとこ。
私の興味はすぐに手渡されたケーキの皿へと移った。今は何においても食欲が勝っているのよ。
フォークで割って一口もぐもぐ。うまっ・・美味しい!!さすがホテルの一流パティシエが作るだけあるのだ。どうやってスポンジ焼いたかは謎だけれど。
「食べる?」
スッと目の前に差し出されたお皿には、綺麗に盛られたご馳走の数々。
「いただきます。」
即答でお皿を引き取って、給仕さんを見上げたら尊さん。気が利くのね、私とってもお腹が空いてたのよ。でも食べていいの?もういいの?
「全体に食事ムードだからいいんじゃない?」
辺りはケーキを配られて頬張る人ばかりでどことなく静かな空気だった。
それからはどこかゆったりな雰囲気で、談笑がそこかしこから聞こえてくる。
あっというまに時間は過ぎて、もう未成年はお家に帰らなくちゃいけない頃合となりました。
お父さんは主催者としてお客様をお見送りしなくちゃいけなくて、まだまだ大人の付き合いは終わらないみたいで、小学生のみっちゃんはすでにもう帰っていて。私はお客様にご挨拶して帰ることにした。
当然送ってくれるのは一日中隣に居た尊さん。
お客様に会釈しながら一緒に出ると、エレベーターホールで私を待たせて、尊さんはホテルの受付カウンターで何か受け取ってた。
「何か預けてたの?」
戻ってきた尊さんに首をかしげて訊ねたけれど、彼はにっこり微笑んで、その真意は推し測れない。いつも同じように笑って、結構狡賢いこと考えていたりするのよねこの人。私には素直だから別段気にしないけど。
エレベーターが到着して、二人で乗って、尊さんが押したのは地下駐車場じゃなくて最上階。
え。
どういうこと?
訳が分からなくて、目をぱちぱち瞬いて、尊さんの後姿をじっと見ていたけれど、エレベーターが次に開くまで彼が振り向くことはなかった。

促されてエレベーターから降りたその先には、スウィートルームの扉。
カウンターで受け取ったのはこの部屋の鍵だったのね。
扉が開かれて、私は尊さんの顔と部屋の中を交互に見る。
「僕から、誕生日プレゼント。」
警戒心を見せる私に尊さんが苦笑して、中に入るように促す。
ええい、女は度胸だ!誕生日プレゼントなんだから、私を喜ばせるものしかないはずよ!
意を決してずんずん進んだその先に、私は声を失った。

「ふっっ・・・わああぁぁぁ〜〜〜!!!!すごい!すごい!きれえ〜〜〜!」
窓際に走り寄って、すぐさま感嘆の叫びが漏れてくる。この感動をどう表現していいのか、語彙の少ないお馬鹿さんな私はもどかしく、叫ぶことしか出来ない。
眼下に街の灯りが星のように浮かんで見える。空には本物の星。
けれど本物の星よりも、地上の作り物の星のほうが光が強すぎて、天上の星はかすんで見える。だからこの景色はまるで天地が逆転したようで、一面ガラス張りの窓がその効果を余計に際立たせていた。
「気に入った?」
後ろで聞こえた声にハッとなって振り返る。部屋の入り口に、壁に背を預け尊さんは立っていた。
「うん!すごく綺麗!真下見なかったら最高!」
真下は高所恐怖症の私にとって絶対見てはいけないもの。見たら最後、倒れる。遠くの景色を見る分にはあまり高さが感じないので怖くないのだ。
「そう。じゃあ、コレ。」
そう言って尊さんはテーブルに乗せていた花束と、小さな包みを私に差し出した。
私は近寄ってそれを受け取る。
花束は月並み。これは後でちゃんとお家に飾るから。ドライフラワーにするから。それよりもこっちの箱でしょ。
食い入るような眼差しをラッピングされた小箱に送る。私の目からレーザー光線が出ていたら、この箱はもうすでに丸こげだと思うね。
「開けてみ。」
言われるまでもなく、すでに指はラッピングのリボンを解いていた。
箱から出てきたのは円柱のビロードの小箱。アレが入ってるのは定説でしょう。
恋人になってから、もらったことはあるけれど、あれはただの恋人用だから。
ぱっくり開けたら燦然と輝くおダイヤモンド様。
プラチナの台座に鎮座ましまして、神々しいまでの輝きを放っているの。
「おおおおおお!!!!ダイヤ!大きい!これはもしかしなくてもエンゲージリング!!」
夜景を見た興奮そのままに、綺麗な指輪への説明を尊さんに要求した。
結果、なんとも雰囲気のない聞き方になってしまい、目の前の人は首をうなだれた。
しかし付き合いが長いものでね、慣れているから立ち直るのも早いのよ。
くいっと首を持ち上げて、ビロードの箱を握り締める私の手を上からそっと包んだ。
「すぐにとは言わないから、今はこれだけ。だけどいつか、近い将来僕と一緒になってくれることを願ってる。」
決して結婚しようとは言わないで、未来を約束させる。今を束縛しないでいるようで、この指輪でもって束縛してる。
大人って、卑怯よね。
だけどこんなに胸が高鳴るのは、全てをひっくるめて好きなんだってことなんだよね。
ぴったり嵌った左手薬指のリングに、誓いを立てるように彼が唇を落とす。
そうね、私を束縛することで、貴方も私に束縛されているのよね。
答えを出すのは今じゃなくていいと、彼が言ったから、だから今は言わない。答えは未来に変わるかもしれないでしょう。変わらないかもしれないでしょう。それは誰にも分からないこと。


「さ、帰ろうか。」
せっかく暖かい甘い空気が漂っていたのに、キスの一つくらいならあげたのに、さっぱりした声に現実に引き戻された私は眉間に皺を寄せた。
手を引かれて出口に向かう。
振り返ると一面ガラス張りの窓の向こうに絶景が。
「え〜〜〜〜〜!!!帰るの!?夜景もっと見てたいよ。」
私の言葉にピタッと尊さんの足が止まって、振り返る。
「もっと見たい?どれくらい?」
「え・・・・、飽きる、くらい・・・?」
ぐいぐい押しの強い問いかけに、疑問を感じつつも展開が早くてついていけない私は戸惑いつつも尊さんの質問に答えるだけ。
「どれくらい見たら飽きる?」
「う、え・・・ひ・・・一晩中・・・?」
なんで私もこんな答え出しちゃったかな。
後悔は、すぐさま襲い掛かった。

あんまりにも目の前の顔が綺麗に笑むから。

「お泊り、したいのか。そうかそうか。」
「へ!?」
どこでどうなってそんな話になったのか、頭の回転の鈍すぎる私には追いつけなくて、彼のなすがまま再び室内に逆戻り。


まあ、その後は聞かないで下さいよ。
野暮ってもんでしょう?


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