『3月26日のこと』 03. 一瞬見ただけだけど、尊さんのフォーマルが目に焼きついて離れません。 思い出すたびに、ほ・・頬が緩んでしまう・・・。 私は尊さんが呼びかける声と叩く扉を背に、蹲っていた。 あああ、格好よかった!本っっっ当に、ものすんごい格好よかった。 直視なんかしちゃったら、きっと心臓が爆発してしまうくらい興奮する! 「ふみ?出てくるの、出てこないの?」 ひぎゃー! 私が閉めた扉を向こうで尊さんが叩く。声を聞くだけでモワモワと思い出してしまい、動揺が走る。 「無理無理無理無理無理無理無理!!!!」 私は力いっぱい拒否の言葉を叫んで頭をブンブン振った。あ、ちょっと眩暈。 「・・・・・・・・。」 今まで扉を何度も叩いてた音が止み、私を呼んでいた声も止まった。 頑なにここから出ることを拒んでいた私が言うのもどうかと思うが、諦めたのかなと不思議に扉を振り仰いだら、向こうで小さく「はあ。」と溜息が聞こえた。 あ、これ尊さんが心底呆れた時に出す溜息だ。 と、少し肝を冷やした瞬間。 ガンッッ 背にしていた扉に衝撃が走った。 いいいいいいい今、ちょっとしなった!そこの扉しなった!! ひいいいいいいい!!!ったたたっ尊さん、なっなにしたんですか!? ガタブルと青ざめて扉を凝視していた。 「ちょっ、水流!」 「坊ちゃん、そんなに怒らないで!」 「そうよ、イラッとするのは分かるけど、何も扉を蹴ることないでしょ!?」 「お行儀悪いですよ、坊ちゃん!」 扉の向こうで紅子さんと店長さんが交互に尊さんをなだめているようですが・・・。 そうですか、イラッとして扉を蹴り・・・。 紅子さんもイラッとしましたか・・・。どさくさにまぎれて本音を言う秘書さん。 たたたた尊さんでも怒ることってあるんですね。いつも穏やかだから、些かなめていました。反省。 「ひふみちゃん怯えて出てこれなくなっちゃうでしょ!?泣いてたらどーすんのよ。」 「そうですよ、ちょっと恥じらいが過ぎただけじゃないですか。あれくらいの女の子の反応としてはいたって普通ですよ。」 女(?)二人に説教されてるが尊さんは一言も反論せぬまま、じっと扉の前に佇む気配がする。 私は観念して扉の取っ手に手をかけた。 「・・・・・・も、申し訳ありませんでした・・・。」 30cmほど扉を開けて、隙間からおずおずと向こうを覗き見た。 「時間がないんだ、早く出ておいで。」 隙間から尊さんの、腰に当てた腕が見えた。声は普段とそう変わりなく聞こえるが、私の気持ちがそのように聞こえさせているのか、少し固いように思えた。 「はっ、すみません。」 私は意を決して扉を開いて尊さんの前に立つ。けれど彼の目は直視できないで、俯いて彼のつま先を見ていた。 「こっち向いてみ?」 突然顎をとられて上を向かされた。ひぎゃあっ、間近! じっと凝視されて、緊張しまくりでなんかお尻の辺りがもぞもぞするんですけど。 なななななんかおかしい所でもありますでしょうか! 「ん、可愛い可愛い。」 にぱっと笑われて合格をもらいました。ふひー。 「さ、さっさと行こうか。」 「ひえ!?」 さらりとエスコートされて、身体がふわりと浮くように店の出口へと向かう。 背後で店長さんとお姉さんがいってらっしゃーいと軽快に送り出してくれた。 「あ、鞄、鞄。」 後ろから紅子さんが慌てて追いかけてきて、店の前につけた尊さんの車に乗り込んだ窓から、服とコーディネートされた鞄を差し出した。 「口紅とー、グロスとー、一回分だけどクレンジング入れとくわね。スッピンが普段の女子高生は持ってないでしょ?」 うん。持ってない。と素直に首肯。 余所の学校の子はお化粧するのが当たり前らしいけど、校則の厳しいらしいうちの学校では禁止されているのです。 紅子さん曰く、「高校生が化粧する必要なんてない。綺麗な肌を隠すような真似はせんでいい。もったいない。」だそうで。お肌の張りは無くしてから気付くものだとこのお姉さんは言っている。 私的に一番意見をお聞きしたい尊さんに言わせると、「ふみに関してはどっちでもいい。」とか、参考にならない。 紅子さんから鞄を受け取って、窓が自動に(尊さんが閉めてる)閉まったところで車は発進する。 「これからどこに行くの?」 前方を見たままで運転席の尊さんに聞いてみた。 まだ恥ずかしさで直視できない。 尊さんも運転しているから、前を見たまま私の問いに応える。 車で数十分の場所にある格式高いホテルの名前が尊さんの口から簡潔に滑り出てきた。行き先だけを簡潔に告げただけで、補足説明などは付かないらしい。車内に沈黙が走る。 なんか、いつもと調子が違う気がする・・・。 「そこに何の用?」 「本当に知らない?何にも聞いてない?」 質問を質問で返されてムッとした。知らんもんは知らんっちゅーねん。 なんとなくいつもより棘のある尊さんに私はあからさまな不機嫌を見せてみた。 「知らん。」 「・・・じゃあ、向こうに着くまで僕も教えない。」 なんや、ソレ。むくれてシートに勢いよく身を預けると、ボシンと音がした。 「髪の毛崩れるから、大人しくしとき。」 ハンドルを握ったまま説教垂れる彼に、チラリと視線を投げた。私のほうを向きもしない。 なんとなく、さっき感じた違和感が分かった。 今日の尊さんは、あまり私を見ない。私に触らない。 確たる理由はわからないけど、髪型とか化粧が崩れるから・・・かな? ホテルに着いたら着いたで、エスコートは十分にしてくれるのだけど一向に視線が合わない・・・。なんやこの不条理、訳が分からん。 着替えてさっさと出てこなかったのがそんなにイラついたのかな・・・? でもその後良い笑顔で笑いかけてくれたし、そんなに根に持つタイプじゃないと思うんだけどなあ。 そんなことを悶々と考えていたけど、知らない間に連れてこられていたホテルの大広間の扉が開いて、中から照らされたスポットライトに我に返った。 眩しっっ!え、なに? 『お誕生日おめでとうございます!』 大勢の声が重なって、大きな声として私の耳に届いた。 ぽかんと大口開けて、会場内を見渡すと、知ってる人も知らない人もたくさんたくさん私に注目していた。 「ふみ、くち。」 横からポソッと呟きが。慌てて私は口を噤む。よだれ、垂れてなかったよね。 見上げた尊さんは私のことなんて見てないだろうと思っていたのに、細めた瞳でふんわり笑って私の胸をときめかせて、反則だわ。 十戒よろしく海が割れるごとく人の波が割れた道を尊さんが促して、私たちは奥へと進んだ。 すると最奥には涙を流して棒立ちになるお父さんの姿があって、恥ずかしいやら情けないやら。 私がこの企画を知らされていなかったということは、サプライズパーティだということだと思うのよ。まあこんなことされるとは思わなかったから、サプライズは成功したわ。だけど、なにこの親馬鹿炸裂というほどの来賓の多さ。 佐想の関係者ももちろん、会社の取引先とかそういう小父さん小母さんも混じっていると見た。だけどホストのお父さんは「ひふみ〜、大きくなったな〜〜。大和にも見せてやりたかった〜。おおおうう。」って男泣きだし、ナンダコレ。 祝ってもらえるのはありがたいけど、お父さんの様子には正直引くわ。 その後は、なんだか分からないままに、尊さんの横に引っ付いてあいさつ回りをさせられる破目になった。 今日って、私のお誕生日でしょう?? あれ?? |
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