『3月26日のこと』 02.


車が停まったのは見知らぬ立体駐車場。この細長い建物の中に自動車がいっぱい詰まってるのかと思うとちょっと面白いと思う。
紅子さん促されて車を降りたあと、向かった先は一軒のブティック。
ブティックって言い方あんまりしないのかもしれないけど、『しゃれた洋服や装身具などを専門に扱う小規模な小売店』のことをそう呼ぶのなら、ここは『ブティック』とやら。
でも取り扱う品物はとっても品の良いもので、シックな大人ものが専門らしい。
ぱちくりと目を瞬いて隣の紅子さんをうかがうと、紅子さんは私の背中を押して迎える店員さんの群れに投げ込・・・
ちょっと!明らかにこの店員さん方、紅子さんと同じ匂いがするんですけど!!
えええええええ!?
「ようこそいらっしゃいました!」
「まあ、お肌プリプリ!やっぱり十代は違うわね〜!」
「色も白いのね〜。」
「いってらっしゃーい。」
連行される私に紅子さんは爽やかな笑顔で手を振る。
うわーん!訳が分からんくって恐ろしいよう!!
「まあ、こんなに震えて。」
「怖くない怖くない。」
「テト。」
って、私はキツネリスか!!本気でその指噛み切るぞ!
「おほほほほほ、本当に面白いわあ!」
「おほほほほほ、紅子ちゃんの言ったとおりね!」
「おほほほほほ、可愛いわあ!」
ぐ・・・からかわれてたのか。
三人のお姉さんがたは一様に生暖かい視線を私にくれて、各々頭を撫でまくる。
「ほらほら、貴方たち遊んでないでさっさと仕事に掛かりなさいな。時間はそんなにないのよ。」
嫌に野太い声だと思った。
こんなに男を全面に押し出した低い声だから、その人物像も筋肉質な大きい身体を想像してた。
けど振り返った先にいたのは、背は高いが華奢で小奇麗なお姉さん。
私のまわりのお姉さんは声をそろえて「はい、店長」と、それぞれの仕事に取り掛かった。三人のお姉さんが私から離れていくと同時に店長さんがやってきて、私の手を掴んだ。
「ごめんなさいね、すぐに仕度をさせますから。」
しかし、手の甲を撫で撫でするのは・・・なんなんでしょう?
若干の居心地の悪さに身を引きながら、助けは来ないことを確認したので自分で何とかするしかない。
しゅぽっと店長さんの手から自分の手を引き抜いて、もう掴まれまいと後ろに隠した。露骨な意思表示だけどいいんだもん、高校生だからそんなに気を遣わなくっても誰も怒ったりしないもの。
苦笑いを浮かべたら、店長さんもにっこり笑って許してくれたもん。
「えと、店長さん?」
「はい?」
「あの、仕度ってなんの仕度でしょう?私これから何されるの?」
捨てられた子犬のように心許ない演技を交えつつ、見上げる視線は相手が大きいから仕方がないけど効果的に上目遣いを生み出す。
「今日は水流様からのご依頼で、お嬢様のお洋服からメイク、ヘアセットもおおせつかっております。」
何のために・・・?といいたいが、出てきた名前にいち早く反応してしまうのは、もはや習性としか言いようがない。
「水流・・・・さん、が?」
この人は知ってるのかもしれないけど、恥ずかしくて私の口からあの人の名前を出すのは憚られた。
ポワンと浮かぶあの人の笑った顔。自然と頬を緩めるのは習慣。
うん、そっか。
いつ現れるのかは知らないけれど、会えたら照れ隠しにみぞおちに拳をねじり込ませてしまいそうよ。ふふふ。

服を選んでる最中も、髪の毛を弄られてる最中も、私は笑顔が止まらなくて、それはもう締まりのない顔だったに違いない。
お姉さんにすごまれて化粧してる最中は真顔にならざるを得なかったけど。
ほぼ初めてと思うお化粧は、お稚児さんのお化粧されてる気分だわ。
他人に口紅塗られるのってなんだか奇妙な気分。
お姉さんたちは毎日朝からこんな偉業を成し遂げて、働きに出るのね。
社会人って凄いなあ。

「ホラ出来上がった。」
お姉さんたちに促されて瞳を開けた。
姿見に写った私を私が見て驚いた。
髪を結うのに外されたケープから出てきたドレスはこのお店にあるものとは違った雰囲気の、大人っぽいけどふんわりと裾が広がる可愛いカンジ。
目を瞬かせて見入る私に、店長さんとお姉さんトリオは満足気に頷いた。
「わあ。」
感嘆の声をあげながら、姿見に向かってくるりと回り、広がる裾をつまんで全身を眺め回した。変身した自分を飽くことなく眺めて、そんな私を幸せそうに見つめる店長さんとお姉さんトリオ。
「店長さんとお姉さんたちって、何者!?」
純粋に憧れの眼差しを浮かべた私に、四人は眩しいものでも見るように目を細めた。
「アタシたち、水流家見家家お抱えの美容部員ですの。」
「は!?」
なにそんなの持ってんの、あのお義母様。っていうか、見家家もってことはあの菱和さんも・・・。
うげ。心中複雑でどんな顔してよいものやら・・・って表情取り繕えるほど老成してないからそのまま出てるでしょうよ。
「菱和さまは私達の手を離れちゃってねえ。」
「ねえ。」
「昔は可愛かったのにねえ。」
「本当、大人ぶってても子供らしいところがあってねえ。」
菱和さんをそんな昔から知ってる美容部員さんたちの年齢を知りたがる私は至極真っ当だと思う。ぱっと見たところは、大まかに皆さん三十代ってところよ?店長さんは最年長で三十代後半かしら?
おずおずと伺った私にあっけらかんと返ってきた答えは・・・
「58・・・・・・!!?」
ば・・・化け物・・・。
「いや、その!凄い若々しいなあ!って思って、本当、肌とか全然年を感じさせませんよ!!」
表情そのまま出ちゃうのも考えものだ。


「ほらほらもう一回くるりと回ってみせて。」
店長さんの言われるがままに回ったら、お姉さんトリオは可愛い可愛いと誉めそやしてくれた。えへへ。
店長さんは最終チェックに余念がない。
アップした髪を整えたり、ドレスの裾の曲がりを直したり。
爪まで磨かれて香水もつけてもらった今日はちょっと大人だ。
頑張って履き慣れないヒールの高いパンプスも履きこなしてみせよう!
「歩きにくかったらエスコートさんに掴まってればいいんじゃないの?」
ふらふらと覚束ない足取りの私を見かねてお姉さんは呟いた。
いやっ、そんなっ、私が目指すのは自立した女性ですしっ。こっこれくらいたいしたことありませんよ。誰に助けなんて借りませんよ。
我知らず赤い顔をしていたようで、またしてもお姉さんに生暖かい目を向けられた。
「さあさ、お迎えもいらっしゃってることですし、お嬢様をお披露目お披露目。」
私が反応を見せる前に店長さんによってフィッティングルームの扉が開かれた。

一番先に飛び込んできたのはやっぱりあの人で。
お迎えという言葉と目の前の彼に、心臓が一際高鳴った。
彼は待ち人らしく、カウンターテーブルに出されたコーヒーカップを何とはなしに眺めていたようで、扉が開かれる音に反応してこちらを振り向いた。
足の長いスツールに半分腰掛けて、片足を常に地面につけていた姿はくつろいでいない様子丸出しで、私を見つけてはすぐに立ち上がった。
いつもより少し見開いた瞳が印象的で、首を傾げたが、近づいてくる彼を見て私は叫んだ。
「いやーーーーーーー!!!!」
「「「え?」」」
重なり合う疑問符の中、私は一人赤面し、たった今開かれた扉を勢いよく閉めた。
バンッッッ
っと大きな音と共に軋みをあげながら閉ざされた扉に、その場にいる人々はとっさに反応できなかったようで、扉の向こうは暫くの沈黙が落ちていた。
一番早く我に返ったのは一番免疫のある尊さんで、でも私の奇行の理由がわからずただただ戸惑いの声を上げるだけだった。
「ふみ!?ふみ?ちょっと、ここ開けて欲しいんだけど。」
「いやだ。」
こんな真っ赤になった顔見られたくない。尊さんのことも直視できない。
なんでそんなにフォーマルなのよう!!
ディレクターズスーツとか!反則ですから!!!


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