Before love

04.

この気持ちに気付いたのは良いけれど、あちらの家にいつ申し出れば良いだろう。
僕としてはすぐにだって婚約を結びたい所だ。
早く彼女を手に入れたくて心が焦る。彼女が僕のものになる確固たる安心が欲しい。
だから佐想の家にすぐにでも申し入れしたかった。
けれど彼女はまだ中学生。
僕は今すぐに結婚したって、さして早すぎるという歳でもない。だけど、彼女は違う。
法律上、まだ婚姻も認められていない、そんな年齢。
それに中学3年生といえば多感な年頃で、そんな時期に縁談など持ち込めば変に反発心を持たせやしないだろうか。

マルベニに気持ちの後押しをされて心は軽くなったけれど、この先の行動にはまだ一歩踏み出すことができないでいた。
こうして足踏みしている間にも、誰かが彼女に興味を示して躊躇もなく佐想に話を通しているかもしれないのに・・・。
そうなる前にそれとなく佐想に打診しておくのも手かもしれない。けれど変な目で見られたらどうしようか。全ての人がマルベニのように僕の気持ちを肯定してくれるわけでもない。
いくら知り合いでも、中学生の可愛い娘を手放す約束をあの人たちがするだろうか。
事が事だけに、考えが後ろ向きに進んでしまう。
はあ、どうしたものだろうか・・・。

そうこう悩んでいるうちにあっと言う間に春が巡ってきた。
僕の春じゃなくて、季節の春。
僕の春はまだ遠そう。

ふと彼女のことを考える。
ああ、そういえばもう中学は卒業したのだったか。だとしたら今頃は新しい制服に身を包み、桜並木を歩いているのだろうか。
その風景を想像して、思わず顔がほころんだ。
マルベニには「鼻の下伸ばして」なんて顔をしかめられたけど、男なんてそんなもんだよ。
女がみんなオバサンになるように、男もみんなオッサンになるんだよ。
だから、若くて可愛い彼女の制服姿なんて想像しちゃって、やに下がった顔しても、普通なんだよ。
・・・と開き直った台詞を吐いても、自分の顔の緩み加減が気になることは気になる。
僕は自分の頬をさすって表情を修正しようと試みていた。横ではマルベニが我関せずとばかりにバカスカ仕事を片付けていっている。さすが有能秘書と名乗るだけはある。
「たっかし〜!」
そこへドバンと勢い良く扉を開けて入ってきたのは従兄の高良だった。
二つ年上の高良は、たとえ僕の方が役職が上であろうとも、僕の仕事部屋に遠慮なしにずかずかと入ってくる。
しかし高良はデスクに座るマルベニの姿を確認するなり表情を凍らせて身体を反転させて、さっきくぐった扉を再び戻ろうとする。
「待て待て、高良。何か用事があるんじゃなかったのか。」
僕は急いで高良を呼び止めた。毎度のことなので驚く人はこの部屋にはいない。
有能秘書は来訪者に一瞥をくれた後、嘲笑をひとつこぼして再び仕事に戻る。高良はその反応に顔を真っ赤にして憤怒していたが、言い返すなんて事はできない。
僕が逃げる高良を呼び止めたのはわざと。
高良は昔から内丸紅子という人物が大層苦手なのだ。
毎度毎度断りもなしに僕の仕事の邪魔をしに来る従兄に、ささやかな意地悪をというやつだ。
高良はマルベニと同じ空間にいることが苦痛なようで、居心地悪そうに秘書の座るデスクへチラチラと視線を泳がせる。僕は仕事の手を休めることなく、近寄ってきた従兄に一瞥をくれて、用件を促した。

「尊、仕事終わったら飲みに行かないか?たまにはいいだろ?二人でさ、積もる話もあるだろ、オレに相談したいこととかないか?な?」
「ない。」
書類を捲りながら、なおざりに返事をする。相変わらず遠まわしに誘ってくる言い方が厭わしい。ハッキリ自分が行きたいから一緒に行こうと言えよ。
とても菱和の兄とは思えない。ああ、だから日々虐げられてるのか。
高良は僕の従兄で菱和の兄でもある。
菱和の差し金か、高良自信の要らぬ気遣いかは推し量れないけれど、我知らず身持ちの固くなった僕に、高良は良く酒を飲みに行こうと誘うようになった。
もともと酒には弱いし、高良ほど風俗が好きでもない。
可愛い女の子と楽しく酒を飲むのは、楽しくないわけではないが、今現在行きたいと思うことがない。接待でもない限り、行こうとは思わない。
「話はそれだけか、じゃあ帰れ。僕は高良と違って新しい役職に就いた分忙しいんだから。」
僕の言葉に有能秘書が席を立つ。
その気配を感じ取って、高良は顔面蒼白に慌てて僕にすがり付いてくる。
「待てマテまて!!!新しく出来た会員制のクラブでいいところなんだ!静かで落ち着いた雰囲気でさ、お前そーゆートコの方が好みだろ?な?な?一度で良いから一緒に行こうぜ、可愛い子もいるんだよ、な?な?なーーー??」
なんでこんなにゴリ押しされなくちゃならないんだ・・・。
僕は書類から目を離し、目の前の高良を見た。
わが従兄ながら、なんとも情けない。
僕は拳に額を押し付けて、はーーーっと深く溜息を吐いた。
どうしてこうも粘り強いのか。見家の血筋ゆえか。

「今日の片付けてからになるから、少し遅くなる。それでもいいなら、付き合うよ。」
たまには、息抜きでもしないと。
と、思うことにした。


けれど、この時の選択に僕は僕に感謝する。
従兄の高良にも密かに感謝する。
感謝してもし足りない。

おかげで彼女を見つけられた。





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