9.箱入り娘
「と・・・ところで今は何時ですか!!」
話題転換。このままじゃ、冗談抜きで再び貞操の危機になる。
私は挙手して内丸女史に尋ねた。
「話を逸らしたわね・・・。」
ぼそりと女史の口から言葉が漏れたけど、私は聞いてない。あー、あー、聞こえません!
「・・・まあ、いいわ。午前9時57分ジャスト。よろしいかしらお嬢様。」
女史は左手首に光る腕時計を覗いて教えてくれた。
あの人、重役出勤?大層なご身分ですね。実際、重役出勤がどの程度の時間なのかは知らないけど。
秘書さんが付いてる時点で本当に大層なご身分なのかしら?
「お嬢様、ついでに大事な制服がシワシワのクシャクシャになっていてよ。」
彼女の視線が下に落ちるのを私も一緒にたどり、自分の着ているスカートに留まる。
濃紺の大き目のプリーツは私の寝相のせいでぐちゃぐちゃで、細かい皺が寄っていた。
「あー、やだ。しわしわだ〜〜。」
思わず溜息を漏らし、眉間が寄る。
クリーニングに出そうか、アイロンをかけようか。こんな格好で寝てたんだからしょうがないのはしょうがない。
昨日の自分を呪うしかない。
今朝の状況で、制服がハンガーに掛けられてあったほうが困るので、皺くらい大目に見よう。
「そういえば、お嬢様のお名前聞いてなかったわね。」
さっきあの人が紹介してくれてたけど、お姉さん聞いてなかったのね。
うん、聞いてる風ではなかったけど・・・。
「佐想・・・ひふみです。」
「佐想・・・ひふみさん・・・。もしかして、」
女史は何かに思い当たったようで、表情固く私に向き直った。
大体の予想はついてる。家名の力は絶大だから。
「・・・お爺様は佐想源五郎さん?」
「はあ。」
女史の顔色が見る見るうちに変わっていく。
「・・・っあんの・・・・・クソ馬鹿・・・・・・!!!!」
私の肯定の言葉に、内丸女史の綺麗な唇から罵詈が飛び出した。
チャッ
小さい音と共に彼女の手にはいつの間にか白い携帯電話が。
流れるような仕草で目的のアドレスを導き出したよう。
白い携帯を耳に当てて、数コール目で相手が出た模様。
「ちょっと!あんた、何考えてるのよ!?このお嬢さん、佐想のご令嬢じゃない?しかも高校生よ、コーコーセー。あのおじーさん怒らせて、生きていけると思ってるの?・・・・・ああっ!?なに?・・・・・・・・・・・・・・・、・・・・・・・・・・・ええ、・・・・そう・・・・・・分かった。本当ね?・・・・・・・・ええ、はい。」
相手はきっとあの人なんだろう。
なんて言ってるんだろう、気になる。
内丸女史は不安の拭えない表情で、じっとりと会話の終わった携帯電話を睨んでいた。
一度瞑目するのが気持ちを切り替える技らしい。
彼女はゆっくり目を閉じて、開いた時には不安の残滓は消えていた。
彼女に似合う、優美な笑みを一つくれると携帯電話をポケットに仕舞い込みながら寝室の扉を開けた。
何もない寝室に出口が出来た。
そういえば、起きてからまだ一度もこの部屋から出ていなかったことに気付く。
「遅い朝ごはんでも食べましょうか。」
そう言って、女史は私を次なる部屋へと案内した。
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