8.百合の花


静まり返った寝室で、私は美人さんと対峙する。
遠くの方で重いドアの閉まる音が聞こえた。
本当に行っちゃったよ、あの人。
無責任男だね!ウエキヒトシだ!(分からない人はお爺ちゃんかお婆ちゃんに聞きましょう)

不本意ながらも傍目には泥棒猫に成り下がってしまったわけでして、美人さんの一挙一動にビクビクしなくちゃならない。
何にもしてないのに、理不尽だ。

「あなた・・・。」

きたっ!
美人さんの声は綺麗な声、メーテルさんのよう。(分からない人は近所のオタクのお兄さんに以下略)

恐ろし過ぎて俯いていた私の頤に、白魚のような指が伸びてきて、ツイと顎を上げさせられた。
気分はクレオパトラに拝謁した奴隷のよう。
強制的に視線を合わせられた私は蛇に睨まれた蛙。身がすくむ。

「可愛いわね。」

は。

「どうしてかしらね、アイツとは本当に趣味がかぶるわ。」

は。

「あなた、オネーサンと楽しいひとときを過ごさない?」

どひーーーーーー!!
美人さんはエス様ですか!?(分からない人は女子校出身のお母さんに以下略)
オネエサマですか!?
ちゅうか、嫌がらせですね!!私を混乱におとしいれて、じわじわといたぶるつもりですね!!
「ゆ・・・許してください!!悪気はこれっぽっちもないんです!!というか、お宅の彼氏さんとは全く何にもありませんでしたので、誤解しないで下さい!!あのあの、えーと・・・・そう!保護してくれたんですよ、きっと!昨晩、酔っ払いにからまれてる所を助けていただいたんです!!たぶん!」

我ながらうまく取り繕った!

「彼氏さん・・・・・・・・・・。」
美人さんは私の頤を乗せていた長い指を、自分の頬に当てて呟いた。
「お宅の、って・・・私の?」
首を傾げなさるので、私は「是」と頷いた。
彼女は花が開くかのごとく綺麗な笑みを浮かべて、そっと私の肩に手を置いた。

「おじょうちゃんは、とっっっっっっっっっっても面白いことを言うのねえ。」
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!!!!」

ちょっ!指が!爪が!食い込んでます!!肩の肉に!!!
笑顔が恐ろしい・・・・!!!
何か逆鱗に触れたのか!?
藪をつついて蛇を出しちゃったのか!?

なんとか美人さんの指から逃れたけれど、つかまれた左肩は開放された今もじんじんと痛んだ。

「何か大っっっっっっっ変な誤解があるようだから訂正させていただくけれど、私の名前は内丸紅子。さっきのあんぽんたん男の秘書をしてるのよ。」
あんぽんたんを思い出して、彼女は不機嫌に眉根を寄せた。
美人秘書さん・・・・・・・オフィスラヴにありがちな人気ポジションですね。
やはり・・・・こう・・・メイクラヴはあるんでしょうかね。

「まだ疑ってるわね。大丈夫よ、私達には恋愛感情なんてものは一切、微塵もありはしないから。」
ふーん・・・・ないの。
あれ?私が二人の仲を疑うとか、筋違いじゃないかな。
あれ?べつに、さっきの人とは何もないんだから、彼女がいようがいまいが関係ないじゃない。
う、嬉しくなんてないんだから。別に。

「私、レズだから。」

は。


「だから、おじょうちゃんみたいな可愛い子には優しくしてあげるわよ。」

さっきのはマジだったんですかい!







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