6.ファーストキス


部屋に入ってきた彼は仕立ての良いブラックグレーのスーツを着ていた。
黒目がちな瞳で私を見詰めて、大人の男の人なのに少し可愛いとさえ思ってしまう。

・・・・・・当たりだったかも・・・・・・。
私もなかなかポジティブ思考を持ち合わせているようだ。

「何してるの?」
朝一番に見た微笑で、少し首を傾げて彼は私に近寄ってきた。
心臓が跳ね上がる。
頬に火が灯る。

どう答えていいか、どう接していいか分からず逡巡していると、傍近くまで来た彼は一分の迷いもなく私の髪を撫でた。
再び私の心臓が飛び上がる。
彼の瞳を直視できなくて俯くと、それを制止する彼の手があった。

「これからどうしても外せない会議があって、今から出て行かなくちゃならないんだ。終わったらすぐに帰ってくるから、一緒にお昼食べよう。」
そう言って、またにっこり笑った。よく笑う人だ。

そして、不意打ち。

ほっぺチュー。

なにこれ、なにこれ、行って来ますのチューですか。
受けた左ほほに熱が生まれて、一瞬にして体全体に蔓延した。
私の全身はきっと赤くて、熱くて、まるで真夏の炎天下にいてるようだ。熱射病?

ぐらぐらとゆだる思考の中で突然声は響いた。

「たかし?あんた何やってんの?」

彼の後ろで聞こえた女の人の声。
昨日の駅のホームでのことがよみがえる。

彼が振り返った肩越しに、声の主を窺えた。
短い髪がよく似合う、目鼻立ちのくっきりとした理知的な顔。
一言で美人と形容できるステキな女性だった。


え・・・・・と・・・・修羅場到来ですか?
冤罪ですよ。







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