50.春の日の花


尊さんは気付いているのだろうか、それとも故意にしているのだろうか。
「尊さんのキスはいつも頬や額にばかり。」
唇には触れないの。唇へのキスはいつも私からなのね。
「・・・怖かった、と言えばいいんだろうか。僕はキミの拒絶が怖かった。僕はこんなにも好きなのに、キミの心が分からなくて、だから僕の心ばかりを押し付けて、それでいて僕を拒絶されるのを恐れていた。」
ひふみの態度はいつも淡白だから。と、どこか非難めいた口調で口の端を緩めた。
私はいつも照れている態度を悟られたくなくて、無理から平静を装っているようにしていた。それが尊さんを不安にさせてたのね。
大人なのに、可愛い人。

私は縋り付く尊さんの首に自分の腕をめぐらせて、(かいな)に頭を包み込んだ。
私の頬に、彼の髪が触れて少し痒い。ちくちく。
「ふみ・・・?」
戸惑う声が私の胸の辺りからくぐもって聞こえてくる。
ここまで私から触れてあげれば彼だって気付くでしょう。
私がどれほど尊さんを想っているか。

ずっとずっと年上なのに、どこか頼りない人。
私の知らない世界をたくさん知ってる大人の人なのに、私の心を推し量ることもできないなんて。
私を翻弄させて、余裕の笑みを浮かべていた時もあったのに、それって全て虚勢だったのかしら?
本当はこんなにも弱い人。放っておけるわけがないじゃない。

「本当に、私が尊さんをどう想ってるのか分からなかった?」
感情を抑制することも長けていない、まだまだ未熟な子供なのに?
「好きだから、自信がなかった。恋とは人を臆病にさせるものなんだよ。」
私と同じ。相手の気持ちを推し量れないところも、恋に臆病にさせられたところも。
「本当に、本当に、尊さんは私に恋をしているの?こんな子供なのに?」
いつもいつも不安だったことを、この際だから聞いてみる。彼の気持ちに偽りを疑っているわけじゃない。
全ては私に自信のないせい。
すると尊さんは心外とばかりに勢い良く顔を上げ、私の腕からすり抜けた。腰に回された腕に力がこもって、私の体はふわりと浮いた。
着地した先は尊さんの膝の上。腰に回された腕はそのままに、彼の膝に着席した私の体は自然と彼との密着度を増す。
あああ、恥ずかしい、恥ずかしいですぞ、尊さんの顔が間近に見える。
羞恥から我知らず俯いた顔を、尊さんの指がやんわりと制す。私の瞳を貫く彼の眼差しが、とても熱い。
「僕にとっては子供だとか大人だとかは関係ないよ。佐想ひふみという人間が好きなんだ。行動で示してしまえば簡単な話だけれど、それでは逆に真実味がない。僕はキミが大切だから、キミを失いたくないから、即物的な行動はとらない。」
だけど僕も一応男だよ、と曖昧に笑って、尊さんは額にいつもの口付けをくれた。
頬が灼熱の大地のように熱くなる。
この体勢でデコちゅーは、もう、恥ずかしすぎて、眩暈がしそう。しかもさりげなく主張された情欲は、私が尊さんを敬遠していた理由なわけで、嫌悪はあるけれど、そういう対象に見られていることにたまらなく居心地が悪くて顔を伏せた。

かちこちに固まってしまった私に気付いてか、尊さんは小さく肩を震わせながら落ち着かせるように髪を撫でてくれた。
再会したあの日から、また伸ばし始めた髪は、もう肩に掛かるほどになった。
手触りを確かめるように、彼の指が毛先を弄び、毛に神経が生えたかのように私は髪に気を集中させている。
「・・・ごめん、困らせたいわけじゃないんだけど、」
喉の奥で笑いを殺す声がやんで、彼がぽつりと呟いた。
可笑しそうに笑っていたけど、今の声はなんだか切なくて、とっさに引き止めなくちゃと思った。
「ちが・・・、違うの!困るけど、今はすごく困るんだけど、頑張るから。・・・あの、・・・今は、嫌だけど、嫌じゃなくなるように、きっとなるから。だから、あの、・・・待っててくれる?」
都合がいいって分かってる。だけどどうしようもないじゃない。
彼だって、私という人間を欲してくれているのであって、そこに直結はしないって言ってたもの。
俯けた顔をおそるおそる上げる。
満面の笑みで彼が私の瞳を迎える。
「もちろん。」
ぎゅっと抱きしめられて、思わず叫んでしまった。



先のことなんて分からない。
今を生きてる私には。

今日も明日も明後日も、この先ずっと先まで、毎日「今は」と思えたら、最期の最後に「永遠」になるの。
だから今は傍にいて。
だから今は傍にいてあげる。

ずっとずっと、この先何年も、「今」を重ねていきましょう。
あなたが年老いても、私が醜くなっても、「今」を重ねて生きましょう。

私はあなたを愛してる。
この瞬間、この恋は、いつまでも色褪せることなく輝き咲き誇る

春の日の花。







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