48.起死回生


私は葎屋さんにこの混沌に至る経緯を切々と説明したのだけれど、正に混沌とした自分の気持ちは整理して話すことはできなかった。だから気持ちの移ろい行くまま、私が尊さんに抱く気持ちを包み隠さず吐露した。
むしろ他人であったから、言えてしまえることが大きかったかもしれない。
それに、葎屋さんの人柄もきっと話すことに躊躇いを与えない要因であったと思う。
葎屋さんは聞き上手。私の話したい事を上手に聞き出してくれる。
だからどんどん混沌を吐き出して、言葉が自然と費える頃には私の心もずいぶん楽になっていた。
負の感情は吐き出すことで濃度を薄めていき、私の腹には残りかすが滞るのみ。

「それで、今はどうしたい?」
にこりと笑って聞かれた。きっと私の表情が変っていってるのに気付いてたんだ。
話す前と後で気分が変ってるって分かってるんだ。
そうなの、どうしてだろう。悩みって、人に話すと楽になるよね。
月並みなんだけど、今まで悩んでたことが馬鹿らしくなる。私、今までものすごく下らないことで悩んでた。
そうよ、
「私、謝らなくちゃ。尊さん、傷ついてたもの。」
早くしなくちゃ。
鳴らなくなった電話。
私はまだ、あの人を手放さない。


寝室に籠もって、携帯のディスプレイとにらめっこ。
私の白い携帯電話。尊さんの番号を呼び出して、通話ボタンを押す。
何て言おう。なんて言おう。
鼓動が抑えられなくて、私の空いた手は心臓の上で握り締められている。
4コールで久しく聞かなかったあの人の声。
「はい。」
「あ・・・尊さん?・・・・・・ひふみです。あの、」
「ああ、久し振りだね。」
・・・事実だけれど、嫌味のような・・・。険は含まれてないけど。・・・これしきで怯むものか。
「大事な話があるの。仕事が終わる頃に、家に行ってもいい?」
会わない時間が長すぎて、きっと電話で言っても私の気持ちは伝わりきらない。直接会って、直接言いたかった。
「・・・いいよ。」
わずかの逡巡。以前よりも事務的な応対。
淡々とした感情の読めない彼の声に、私は言い知れぬ不安を覚えた。だけど今ここで追及したって、気持ちは伝わりきらない。彼の気持ちも、私の気持ちも。
決戦は今夜。
神様。私にチャンスをください。
もう一度、尊さんをとりもどす、チャンスをください。




「電話終わった?」
電話を終えて寝室から戻ると、葎屋さんは妹と並んでソファで雑談していた。
私の姿を確認すると、ソファから立ち上がる。
「じゃあ、俺はこれでお暇します。」
「えーー、桑くんもう帰っちゃうのー!?」
妹はあからさまに不服申し立て。ちょっと、葎屋さんにも用事があるんでしょう、あんたの我がままにつき合わせちゃいけないのよ。
「今日はこの後、お爺さんのとこで将棋の相手を頼まれてるから。みっちゃんの相手はまた今度。」
お・・・お祖父さまの我がままに付き合わされてたのですか・・・。私にしろ、お祖父さまにしろ、妹にしろ、葎屋さんにお世話になりまくりで・・・もう足向けて寝られません。ははー。
「じゃあ、あたしもお祖父ちゃんのとこに一緒に行くよ。」
そう言って妹は葎屋さんの隣に立った。

「今日は、本当にありがとうございました。お世話になりました。」
「いえいえ、お気になさらずに。俺は話を聞いてただけだから。」
あー、この人イイヒトだなー・・・。
玄関先で、祖父宅に向かう葎屋さんと妹を私は見送る。
と、妹が踵を返して戻ってきた。
息せき切らして何を言いに来たかと思えば。
「おね〜ちゃん。桑くんは、ダメだからね!ずぇ〜っっっったい、ダメなんだからね!おね〜ちゃんには水流のお義兄さんがいるから桑くんはもうだめだよ!」
おに・・・!!ぎゃー、何を言い出すのよ妹よ。照れるではないか!
っていうか、そんなに力いっぱい念押ししなくても・・・そんな気になんてなるわけないですよう。私の心は尊さんでいっぱいなんだから。
再び背中を向けた妹を手を振って見送りながら、私は一人赤面した。
葎屋さんに追いついた妹を見て感慨に耽る。
あの子もあんな表情をするのか・・・。
私もきっと、尊さんの隣であんな表情をしていたんだろう。


それは恋する女の子の甘い笑顔。







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