47.救世主


あんな顔をするだなんて思わなかった。
手を払われて驚いて、拒絶されたことに酷く傷ついた顔。
まるで泣きそうな、大人なのに情けない顔だった。
だから、私の中には罪悪感が滞る。ぐるぐる渦巻いて、心臓を鷲掴み。ぎゅっと背筋まで凍りついて、後悔の念がホロホロと涙を流させる。
どうしてあんなことをしてしまったのだろう。
どうしてあんなことを言ったのだろう。
けれど会わせる顔がなくて、また拒絶してしまいそうで、怖くて会いにいけない。

あれ以来一度も会っていない。
けれど彼はいつもの通りに一日一回電話を鳴らせる。私は着信の表示を見て、携帯にすら触ろうともしない。
なんて嫌な子だろう。尊さんは今、どんな思いで電話を鳴らしているのか。
身勝手な子供の私。きっと愛想を尽かされたって文句は言えない。
だけど会えない。
怖くて会えない。
本当に愛想を尽かされたかもしれない。今度は私が拒絶される番かもしれない。

彼の心を推し量れなくて、余計に不安になる。だけど私から行動をおこすには、今の私は臆病すぎる。
私は、どうしたら、あの人を取り戻せるんだろう。


堂々巡りの迷宮に陥ったようで、私はただひたすらに独りで悶々と過ごしていた。
何もしない時間でも、時は同じくして過ぎていくもので、夏休みは終わり新学期が始まった。あの日から二週間、私は結局尊さんに会わず仕舞い。
いつしか電話は鳴らなくなり、私は大いに焦った。けれどもう一方では諦めも感じていて、携帯を弄っては尊さんの番号を呼び出して、掛けようか掛けまいかじっと画面を睨んだりもした。
普段の私ならこんな状況、じれったいとイライラしていたはずなのに、自分がこうも臆病になるとは思わなかった。
恋とは人を臆病にさせるものだと誰かが言っていた。
暗い気分もそろそろ限界。
明るく振舞うのも精神的に疲れてきた。
誰かにすがりつきたい。

コンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコン・・・
部屋の扉を叩く音で徐々に現実に引き戻された。遠くで私を呼ぶ声が聞こえる。
「おね〜ちゃ〜〜ん。」
呼びながら延々とノックを繰り返す執拗さ。私の反応がないことにきっと腹を立て、意地になっているに違いない。
「おね〜ちゃ〜〜ん。」
「みっちゃん・・・もうその辺で止めといた方が・・・。」
扉を開けようとしたところで、扉を叩く妹の後ろに知らない男の人の声が聞こえた。
ダレダ?
「いいの!出てくるまでぜっっっったいに叩き続けてやるんだから!可愛い妹の呼びかけに応えないなんてダメダメなお姉ちゃんなんだから!」
・・・我が妹ながら根性入ってます。意地になって姉が出てくるまで食らいつく、そんなところがまた可愛いんだけどね。
あー、コンコンうるさい。頭グリグリしてやろう。
「みつ、やかましい。」
低い声でお姉さまご登場の予告をする。いきなり扉を開けて、顔面を打つということのないように、姉の優しい心遣いなり。
案の定、ぴたりとノックが止んだ。私は遠慮なく扉を開ける。

「おね〜ちゃん出てくるのが遅い。なんぼ待たせたら気ぃ済むんや。」
「一生。」
「おね〜ちゃんのいけず!!アイタタタタタタタタタタ。」
可愛い妹の頭に拳をぐりぐりめり込ませながら、妹の隣にいたであろう男の人の姿を確認した。
と同時に妹をバッと放して先ほどの姉妹のやり取りを見られていたことに赤面する。
「むっ・・・葎屋さん!!!」
なんでこの人うちの家に・・・っていうか、なんで妹と一緒に?
「久し振りー、元気がないそうで。」
爽やか笑顔は今も変わらず、いつかと同じように私にも向けられる。からかいを含んだ言葉は、きっと妹が漏らしたのだろう。
からかわれて、冗談で済ませられるほど、今の私には余裕がない。
誰かに話を聞いてもらいたくて、その誰かが現れて。私はこんなにドロドロなのに、余所の人は普通に日々を過ごしていて、きっといつも通りの笑顔なんだろうけれど、今はそれがいやに眩しかった。
そんな自分がみじめで、情けなくて、私は妹や他人の前であるのにもかかわらず、ボロボロと涙をこぼしてしまった。
二人とも私の突然の涙に慌てふためいたけれど、今のところ向こうの方が断然健全な精神をお持ちなので、すぐに対応してくれた。妹は一緒にソファに座って、昔お母さんがしてくれたように、通夜の日に私が妹にしたように、背中をずっとさすってくれた。
時間がたつと嗚咽も涙も引いていき、羞恥心が帰ってくる。
私としたことが・・・。何たる醜態。
葎屋さんは気を使ってか、泣いてる最中は席を外していてくれた。泣き止んだ頃にひょっこりと顔を出し、
「佐想さん、お悩みなら相談に乗りましょうか?俺でよければだけど。」
くよくよしない爽やか笑顔を振りまいた。神々しすぎて眩しい・・・。

おにーさん、お願いしますよ。
溺れるものは藁をも掴むんですって!!







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