45.winner


「なぜ?父親に知らせるのは大事なことでしょう。それとも尊さんには知らせたくありませんか?尊さんはあなたを拒絶しますか?」
びくりと見家菱和の肩がすくむ。
「・・・それとも、お腹の赤ちゃんは、彼の子どもではありませんか?」
ビシャッ
私の核心をついた言葉に見家菱和は逆上。手元にあったグラスを私めがけてぶちまけた。
ご丁寧に氷の入った水はそれなりに冷たくて、いくら真夏の時期と言えどもとても気持ちよいとは言い難かった。
冷水の滴る髪を掻き分けて、私は見家菱和の表情を見た。
怒りに昂った気が抑えきれず震える肩が、真っ赤な顔が、溢れる涙が、私を悪役にする。
でも見るからにあどけない顔した少女に手を出してる成人女性の方が対外的には悪役よね。

「あなたの言い分が真実であるのなら、何をそんなに狼狽する必要がありますか。」
「あ・・・あなたに何が分かるの!!?」
出た、逆上女の常套句。
この人本当にベタだなー。なんかいっそ可愛く見えてきた・・・。
真っ赤な顔に肩を怒らせて、グラスを壊さんばかりに握り締めて腕が震えていた。
「なにも、あなたが私の事を知らないように、私もあなたのことは理解できません。嘘をつくほどあの人が好きなのに、違う男の子供を孕むあなたの気持ちなんて全く分かりません。」
私の言葉に更に煽られて、爆発寸前、脳の血管切れるんじゃなかろうかというほど怒気を露にしたかと思えば、ボルテージが上がりすぎて瞳から大粒の涙をこぼし始めた。
今度は泣きですか。勘弁してよ、美人は泣いても美人。やっぱり世の中不公平だわ。
「わたし、あなたが憎いわ。そうよ、あなたは昔から尊を独り占めして。」
あ、あ、そんなに泣いたら美人と言えどもパンダになっちゃいますよ。ファンデーションもマスカラも落ちまくりで見るも無残になっちゃうんですよ。ハラハラ。
ところで何の話ですか、昔から?
「わたしはねえ、あなたなんかが生まれる前から尊のことが好きだったのに・・・なのに尊ったら、佐想の三男夫人と仲良くなったかと思えば生まれたあなたに夢中になるし、口を開けば『ふみ、ふみ』でちっとも振り向いてくれない。」
・・・・・・・・見家菱和には悪いのですが、今猛烈に嬉しい・・・・・。第三者から聞く尊さんの幼い私への溺愛ぶりは相当だったようで、昔のこととは言え照れる。
この人、敵に塩を送っている自覚ないんだろうなあ。小鼻をすすって白いレースのハンカチーフで涙を拭う。
「しばらく名前を聞かなくなったと思ったら、今度は好きな子が出来たから、私との婚約を破棄したいですって、そろそろ結婚もしようかという時になって!!よくよく聞けば佐想の、あなたと言うじゃない。私は今度こそ、とことんあなたが憎かったわ。わたしの今までの血と汗と涙はどうしてくれるの!?未来の社長夫人に相応しく努力してきたのに!!」
切々と語られても困ります。私が何かを言える立場ではありませんので。
改めて他人から「尊さんの好きな子=自分」と言う構図を聞かされると恥ずかしい・・・。けれど目の前の憤怒に彩られた般若には決して嬉しそうなのを気取られてはいけないのだ。それくらいの気遣いは私にだってできるのだ。っていうか、あえて嬉しそうにしても良いのだが、そこまで意地が悪くはない。

しかし、この人。
「あなたの思いのたけはよくわかりました。あの人のために努力も苦労もしたって仰りたいんですよね。でも一番大切なのはあなたの気持ちじゃないんです。」
私の言葉にまた見家菱和は眉根を寄せる。
「ましてや私の気持ちでもない。」

「尊さんの気持ちが一番大切なんです。あなたがどれほどあの人に尽くそうと、私があの人をどれほど嫌おうと、あの人の心があなたに向いていない限り、私にだって手の尽くしようがありません。」
だって、尊さんは私のこと大好きだから。ふふふ、惚気てやった。
「お引取り下さい、見家のお嬢様。田阪の跡取り息子にお幸せにとお伝えくださいな、お噂はかねがね聞き及んでおります。彼、私の親戚ですのよ?」
お父さんの弟の奥さんの甥御さん。まったく血は繋がってないけど親戚は親戚。
噂はなめちゃいけないね。おば様方の姦しい井戸端会議も役に立ったなあ。
井戸の端で仕事しながら噂話に花を咲かせてるおば様じゃなくて有閑マダムたちには皮肉かしら、井戸端会議って。
ああ、いけない脱線脱線。
顔面蒼白の見家菱和に知らず笑みが漏れるのは許して欲しい。
好き勝手言われてたんだもの。これくらいの反撃はよろしいでしょう?
いいじゃないですか、行きずりでもないんだし、良縁って有閑マダムは言ってたわよ。

お幸せに、見家菱和さま。
私達、これから親戚ですね。おほほ。







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