44.3R


・・・ああ、どうしよう。私、こういう真剣な場面ってどうも苦手なのよね。
頭ではわかってるんだけど、どうもよそ事考えちゃう。客観的にこの場面を分析すると、笑っちゃうわ・・・。
ほら、店員さんも見ない振りしてるけどこっちの様子を窺ってる。他のお客も何気にここのテーブルをチェックしてるのよ。
あ、どうしよ。
おかしい・・・笑いが・・・こみ上げてくる・・・。
「ブッ・・・・フフフフフフフフフフ・・・・もうダメ、笑う〜〜〜〜〜!!!」
私はテーブルに突っ伏して、天板をバンバン叩いて笑い転げた。店内の空気が私に集中した。みんな見すぎ。
「なっ、なにが可笑しいのよ!?」
いやはや、お怒りはごもっともなんですがね、笑い出したら止まらないんです。だって、そんな、あなた、昼のメロドラマじゃあるまいし、「妊娠してるの、彼の子よ」って絵に描いたような修羅場・・・。おおお可笑しい・・・。
真っ赤な顔して怒られても、止まらないものは止まらないんです、今しばらくお待ちください。


「ははは・・・・失礼しました。どうも緊張する場面ではむしろ笑いがこみ上げてくる性質でして・・・。」
ひとしきり笑い終わったあと、いまだ震える肩を必死で抑えて、私は呆れてものも言えなくなってる見家菱和に対峙した。
ここだけの話、お葬式とかでも笑いがこみ上げてくるんです。あの静まり返った空気の中にいてると、普段笑わないようなことでも異様に面白く思えてしまうんだから不思議。また笑っちゃいけない場所柄が相乗効果を生み出して、笑いのツボを緩めるのよ。
まあ、そういうのって余裕がある証拠なんだろうけどね。
さすがにお母さんの時はそんなことできるはずもなかったけれど。
「あなた一体どういうつもり!?わたしのこと馬鹿にしてるでしょう?」
見家菱和は自尊心を傷つけられ、いたく憤慨していらっしゃるよう。いやだ、馬鹿になんてしてませんわよ。
ただ、おちょくっているだけですわ。
バンッとテーブルが叩かれ、ティーカップとソーサーが小さく音を立てた。
「妊娠は事実よ。ハイこれ母子手帳。」
わ、自分のすら見たことないのに見ちゃっていいのかな?っていうか、そんなもの出してくる?
・・・私なんでこんなに冷静なんだろう???
とりあえず笑いを引っ込めて、テーブルに出された母子手帳を手に取る。ふーん・・・。
見たことがないだけに、どうコメントしてよいやら分からない。ふーん。
「いま、何ヶ月ですか?」
「4ヶ月よ。」
つるみや商事のお嬢様が結婚もしないで妊娠だなんて、大騒ぎじゃないかしら?
あ、むしろ醜聞ね。隠してるのかもね。
見家菱和は私の出方を伺うように、椅子にどっかり座ったまま喋らなくなった。なるほど、カードは出尽くしたということか。
「わかりました、見家菱和さん。」
では私の反撃と相成りましょう。尊さんの笑顔を真似て、にっこり微笑む。私のは優しさや好意なんてこれっぽっちも含まれてないんだけどね。
「とりあえず先に、妊娠おめでとうございます。安定期まではご無理はなさらないで下さいね?」
一般論。この人こんなに興奮していいのかしら?私はそんなの分からないから、どうなっても知らないぞっと。救急車くらいしか呼んであげられないぞ。
「大きなお世話よ。」
私の予想外の反応に怪訝な表情をしたあとで、見家菱和は顎をくいっと上げた。
フッ、可愛げのない・・・。じゃあ遠慮なく言わせていただきましょう。
「見家菱和さん、お腹の赤ちゃんの父親が仮に尊さんであるとしましょう。尊さんには知らせました?知らせてないのなら今ここで言いましょう。私がお呼びしますよ。」
私は携帯電話を取り出して、パカリと開ける。
この人の言い分が真実であることを、私は初めから信じていない。
尊さんはそんなことするような人じゃないもの!!とか年頃の女の子らしく青春たっぷりの台詞を吐いてみたいけれど、そうじゃない。
私と尊さんが付き合い始めて3ヶ月。微妙な時期だけど、あの人は二年前のお母さんの葬式の時から私の事が好きだって言ったわ。その辺は男であろうとも操立てしてもらおうじゃないか。
彼女の言い分が正しい時、死あるのみ。私を裏切った代償は死をもってあがなってもらいましょう。
あらゆる苦痛を味あわせて、苦しみに歪む様を見なければきっと収まらない。
可愛さ余って憎さ百倍。
私の尊さんに対する想いはここまで膨れ上がってたのか。

私から尊さんを取り返すつもりでここへ来て、妊娠と言う切り札を切ったのであれば、当の父親に連絡してもなんら問題はないはずで。知られたくないのは彼に拒否されるのが怖いのか、それとも彼の口から自分の虚言をばらされるのが怖いのか。
「け・・・けっこうよ!」
狼狽しての拒否はいずれもあなたの負けを意味する。
すぐばれる嘘はつかないほうがいい。

私の勝ちです、見家菱和。







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