40.トロイメライ


さて、私がミックスジュースにありつけたかという話ですが、一人暮らしの家にそんなたくさんの種類の果物は常備していないということで、涙を呑んだわけなのです。
しかし、突然尊さんはひらめいて(頭の上に電球が点くという古い表現がぴったりの顔だった)玄関を出て行ったと思ったら、しばらくして紅子さんを引き連れてご帰宅。
なるほど、紅子さんのおうちはご家族揃っていらっしゃるわけですから、それなりに食材も常備しているでしょうね。

と言うわけでして、尊さんの機転のおかげで所望していたミックスジュースを堪能いたしまして、私は満足して家に帰ったのであります。
もちろん尊さんに車を出していただきまして、彼の愛車でご帰宅。とかいう乙女にありがちな願望を一つ叶えて頂いたわけなのですけれどもね。うふふ。
どこのメーカーのなんと言う種類の車だとか、全く興味がない事を話されても聞ける自信がなかったので、そこの所は極力触れずにいときました。最近やっとメーカーのマークを覚えたところの私に車の格好良さなんて分かりっこないもの。
外国車はベンツとロールスロイスとジャガーとベーエムベーとワーゲンが分かるくらいで勘弁して欲しい。


そうして私は休みの日毎に尊さんの車に乗ることになった。


遊園地や動物園、植物園、水族館、博物館、美術館。
全部全部、とっても久し振りに行ったの。
だってね、幼い頃は両親とよく行ったけれど少し大きくなってからは家族で出歩くこともなくなった。
でも私はこういう所好きだから、一人で行っても良かったんだけど、お母さんが。
『もうちょっと大きなったら彼氏と一緒に行きよし。それまでとっときぃ。』
私も期待に胸膨らませて、今までずっと温め続けてた。
私のこの話を聞いて、尊さんは嫌がらないで全部行こうねって言ってくれた。
手を繋いで色んな所へ行くの。
ショッピングだってにっこり笑って付き合ってくれるし、連れて行ってくれるご飯も美味しいし尊さんのご飯も美味しい。
陽が暮れる頃には家に着いて、お父さんも心配しない。
別れ際は目尻にキスを一つくれて、着実に周りの信頼を勝ち得ていってる。
お祖父さまも、尊さんの所業には目を光らせているようで、叩いても出ない埃に満足気のようだ。

もちろん毎日会えるわけじゃない。
会えない日は彼の言ったとおり、一日一度は電話をくれる。
大抵は夜で、その日あった事を話して、おやすみなさいって言い合うの。
尊さんの声を聞いて眠ると良い夢が見られる。
馬鹿な思い込みかもしれないけれど、最近はお母さんの病室やお葬式の夢も見なくなった。
窓を開け放して流れる風が心地よい。
もうすぐ夏休み、休みに入ったら何をしよう。秋になって、そして冬が来る。冬が終わったら私は一つ年を重ねて、特別な年齢になるんだ。
それまでこの幸せが続けばいい。


ずっとずっと続けばいい。







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