36.ミックスジュース


し・・・
知ったこっちゃねーーーー!!!
私次第だとう!?まるで全責任が私にあるような言い方をしやがったな、このお坊ちゃまめ!
きつく見据えたくらいで私が怯むか!負けないぞ、このやろー。
鬼気迫った睨みを利かせてやったら、びくりと身体が軋んで青ざめた。
「さ・・・佐想さん。怖いよ・・・。」
怖がらせてるんだもの、当然でしょう。
でも尊さんはこんなんじゃ全然怯まないのよね。暖簾に腕押し、柳に風。にっこり笑ってやり過ごすのに慣れてるのね。
きっと紅子さんへの耐性なんだと分析する。
そう思うと尊さんがちょっとだけ哀れに思えてくる。
女王の睨みに比べたら、私なんて可愛いもんなんだろうなあ。と、何気に失礼なことを言ってるんだけど、紅子さんも心の内までは読めないでしょう。・・・たぶん。

「・・・別にキミを怨んでるわけじゃないんだ。」
戸惑いがちに葎屋さんが再び口を開いた。
「確かに怒ってるのは怒ってるよ。だって、あんな断り方をしなくても普通に断ってくれれば普通に破談になるよ。俺にだってね、プライドって言うものがあるんだよ。目の前で余所の男引き合いに出されて、しかも蚊帳の外状態って酷くない?勝手に話は反故になるし、俺の立場はどうなるの。」
語尾に溜息を混じらせて、うな垂れた。
・・・申し訳ありません。自分のことでいっぱいいっぱいで、周りが見えてませんでした。
「でも、気にしないで欲しい、俺の家の経営不振の話なんて。気にされてもこっちが困るしね、同情されたくない。」
伏せられた視線が、再び私に戻って瞳がかち合った。
ほのかに笑んだ表情なのに、瞳はどこか固くて、射抜くような真っ直ぐさに瞬間、ドキリとさせられた。

「・・・俺を売るような真似して悪かったってさ、うちの父さん泣いて謝るんだ。それで、佐想に援助してもらわなくったって自力で何とかしてみせる。って息巻いてたよ。」
「良いお父さんですね。」
金に目がくらんで自分の子を売ったとしても、その金で親が真実幸せになれるはずもない。
毎日自責の念で暮らしていかなければならないんだろう。
きっと葎屋の小父さんは、そういう心を持っている。きっと葎屋さんのおうちもほのぼのした良いおうちなんだろうな。
「佐想さんのお父さんはダメダメだけどね。」
バッサリ言ってくれるわね、この人・・・。
他人に言われると腹が立つけど、・・・・本当のことなので言い返せない・・・。
「娘可愛さに、想い人あてがうなんて、正気の沙汰とは思えないけど?」
「はあ・・・。」
「愛が屈折してるよ。最近お父さんと喋ってる?余所余所しい態度とかとってるんじゃないの?」
・・・そういうつもりは毛頭ないんだけど・・・・
お母さんが死んでから、なんか違うとは感じてるけど・・・・。
「佐想さんのお父さんは、きっと娘からの愛情不足だね。」

なんで私、この人に諭されてるんだろう・・・・?


「あー、スッキリした。最近の混沌とした気持ちを全部本人に言えたから、もう思い残すことはない!」
突然身体を伸ばして椅子に思いっきり持たせかけたので、木の椅子はびっくりするくらい大きな音を立てた。
音にも葎屋さんの動きにも、大いに反応して恥ずかしながら椅子から10センチほど飛び上がってしまった。
「ああ、ごめん。俺あんまりくよくよするのって好きじゃないから、最近は本当に参ってたんだ。でもキミに伝えたかったことは言えたから、明日からは俺も家族のために頑張れる。」
晴れやかな笑顔で喜色をたたえた。
「俺と俺の家のことで悩んだりして、大切な選択を間違えないで欲しい。同情で俺を選ばないで。そんなことされたんじゃ、俺の気が悪い。」
言い当てられてギクリとした。
今まで悩んでいたことを本人から拒否されても戸惑うけれど、それでも少し気持ちが楽になる。
「キミが本当に、心の底から『欲しい』と思える男を選ばなくちゃダメだよ。」
不敵な笑みをこぼした私のかつての憧れの人は、いつの間にか少し年上の頼れる憧れの先輩になっていた。
そしていつの間にか恋愛相談もしてもらっていた。

「さて、話も済んだことですから、帰りましょうか?佐想さん。」
校門で会った時より幾分気持ちが浮上した葎屋さんの足取りは軽い。
あ、待って!最後に絶対やっとかなくちゃいけないことが・・・。
「あの、・・・ミックスジュース飲んでいいですか?」
私は席を立つ葎屋さんに、空になったレモンスカッシュのグラスを見せた。
「・・・?ミックスジュース?あったけ、そんなの?なあ、店長!」
目を丸くして首を傾げる葎屋さんに、かすかな不安がよぎった。え、ないんですか?
「お嬢さんは、大阪出身かなにか?」
限りなく関西に近い空気で育ちましたが、大阪とは遙か彼方の未踏の地でございます。
「いいえ、両親と祖父母が大阪出身なだけですが。」
何か?
「ミックスジュースは関西限定のポピュラー商品だと聞くけど。ゴメンナサイね、うちは生憎作ってないのよう。」
ゴメンナサイねっていうか、口ひげ生やしたマスターこと店長の口からオネエ言葉が漏れたことに衝撃を覚えたので、もうミックスジュースはどうでもいいっす・・・。
びびった・・・。

私の動揺を素早く察知した葎屋さんは、これまた素早くフォローをする。
「コーヒーは美味しいんだよ。」
オネエ言葉とコーヒーの味は無関係だということだ。
私なんて、コーヒーにはお砂糖三つと牛乳たっぷり入れてカフェオレにしないと飲めないよ。
そんなのではコーヒーの味云々を語る資格はないんだろうよ。へっ。


すごくすごく期待していたミックスジュースが飲めなかった。
ああ、飲めないと何が何でも飲みたくなる!
こうなったら美味しいミックスジュースを作ってもらおう。
もちろん自分では作らない。だってミキサー片付けるの面倒なんだよ!?
だから料理の上手なあの人に、作ってもらおう。







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