33.待ち伏せ王道


見合いの日からひと月が経っている。
破談になってから2週間。尊さんが来てから1週間。
もっと早くに来れればよかったけれど、なかなか決心のつかない自分の臆病な心に呆れる。
けれど今更私が現れたところで彼にとっては迷惑以外の何者でもないだろう。
軽蔑の眼差しを送られることが怖かった。
憎悪に歪むあの人の顔を想像してしまい、心臓が萎縮する思いだ。

手には尊さんが帰り際に残していったメモ。
「葎屋の次男坊が行ってる学校の名前と住所。なかなかの進学校だね、彼は評判の良い優等生だそうだよ。」
僕の学生の頃とは大違い。
尊さんは笑ってたけど、あなたの学生時代がどんなだったか気になります・・・。
尊さんの母校も、有名な進学校じゃないの・・・。お金持ちが多い所だけれど。

私はメモを握り締めて、件の学校の校門前に立つ。
きっと部外者は立ち入り禁止だろうし、中へ入って迷って葎屋さんと入れ違いになるもの困るので、恥ずかしいけれどここで待つことにした。
私も学校があるのだけれど、なんやかやと理由をつけて早退してきてしまった。
そうでもしないと下校時間に校門で待ち伏せなんてできない。
そして、下校時間であるが故に人目の多いこと。
ううう・・・恥ずかしい・・・。


「あの・・・、誰かを待ってるんですか?良かったら呼びに行きましょうか?」
人目が気になるので、俯いて待っていたら頭上から声が掛かった。
振り仰げば人の良さそうな同じ歳くらいの男の子が首を傾げていた。
ナンパではなさそうなので、私は居住まいを正し、微笑した。待ってたのよ、この言葉を。
「ありがとうございます。3年に在籍してらっしゃると思うのですが、葎屋桑一郎さまをお呼びして頂けますでしょうか?」
お嬢様学校の名に恥じない立ち居振る舞いを見せ付けて、負けじと小首を傾げた。
本当はもっとリベラルなんだけど、お嬢様学校のイメージを崩してあげちゃ可哀想よね。
男の子は葎屋さんの名前に覚えがあるのか、ひらめいた顔をして踵を返した。
「あ、お名前は・・・・?」
思い出したように振り返って、照れた笑いを浮かべた。
うん、ちゃんと気付いてくれて良かったわ。

「ひふみが来たと、お伝えくださいませ。」

にっこり笑って、男の子を送り出した。
さて、もう少しの辛抱だ。



人目が再び気になり、また俯いて待っていた。
校門で待ち伏せシチュエーションにありがちなパターンとして、待ち伏せする女の子は門をくぐる生徒達に好奇の目で見られ、なんやかやとからまれる。この場合は男子生徒でも女子生徒でもいいわけなんだけど、そこへ目的の彼が颯爽と登場し、女の子を助けてくれる・・・。
というのを少し夢見ても罪にはならないかしら・・・?
ときめくわ〜〜。
よくあるじゃない、少女漫画的王道シチュエーション。ベタは万人に受け入れられるものなのだ。
しかしそんなことは杞憂に終わった。
どうも私のまとうお嬢様学校の制服に恐れをなしてナンパなどどいう不埒なマネも出来ないようだ。
確かに私らの学校の子に手を出したらどうなるか見ものよね。

「佐想さん?」
悶々とくだらないことを考えていると頭に声が掛かった。今度は聞き覚えのある声だった。
否応なしに緊張が全身を駆け巡る。
素直に顔を上げることができなくて、僅かの逡巡の後ようやく彼を振り仰いだ。
間違いなく。
「・・・こんにちは。・・・葎屋桑一郎さん。」
走ってきてくれたのか、少し息が荒い。
部活動の最中であることを語る、濃紺の袴が眩しい。
素足に運動靴。
立ち姿の綺麗な彼。

私が以前心奪われた、ムグラヤソウイチロウという人が目の前に居た。







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