31.初恋


「思春期は・・・照れ屋で困る・・・。」
そううな垂れて尊さんは帰っていった。よし、私の勝ちね!
今日の訪問は私のご機嫌伺いにということにしてくれて、日を改めて両親を伴い正式に申し入れをするという。
そういえば、ご両親は見てなかったわね。
うーん・・・舅と姑・・・?うあ・・・、リアルに想像して恥ずかしかったり恐ろしかったり・・・。



父はその晩大変ご機嫌だった。
つるみや商事とのつながりができたからなのか、尊さんに調子に乗せられたからなのか、尊さんが義理の息子になるかもしれないから単純に嬉しいのか、全部かもしれない・・・。
しきりに尊さんの話をしては、私をその気にさせようとしているのが丸分かりである。

「ふみも嬉しいやろう、なんと言っても尊くんはお前の初恋やぞ。よう尊くんに結婚するて言うて困らせとったなあ。」
しみじみと、哀愁漂わせながらお猪口を傾ける。
普通の子はお父さんと結婚するとか言うもんやねんけどなあと、どこか寂しそうに遠くを見詰めていた。
気分は花嫁の父みたいな雰囲気を漂わせないで欲しい。まだ決まったわけじゃないのに・・・。

・・・って、はあ?初恋?

「なにゆってんの、お父さん。私の初恋は『あーちゃん』やないの。知り合いの息子さんって。」
「せやから、尊くんやがな。」
日本酒片手にほろ酔い気分の父は実に良い気分で頷く。
初恋の君『あーちゃん』は私が物心ついた時によく家に遊びに来ていたうんと年上のお兄さんである。
幼い私はあーちゃん、あーちゃんと呼んでは後を金魚のフンのようについて回っていたのだそうだ。
「『たかし』のどこに『あ』が入ってるんや。」
一目瞭然、どこにも『あ』などない。呼び名とするには些か遠いような・・・。
「『たかし』の発音がでけんかったんやろ、子どもの口やで。」
ふむ、たーかーしー。滑舌の悪い子どもにはちと難しい発音か。もしかして最初の『た』を伸ばしに伸ばして『あー』ちゃん??自分のことなのに、昔すぎて覚えていない。
覚えているのは『あーちゃん』という名前の男の子が私の初恋で、顔も覚えていないけど凄く凄く好きだった、その感情だけ。

「・・・ホンマに?ほんまにあのあーちゃんが尊さんなん?嘘ちゃうやろね、からかうんやったら許さんで。」
「なんや、疑り深いな。そない信じられへんねやったらアルバム見たらええやんか。」
父の言葉が終わらない内に、私は食卓を飛び出して、アルバムの収められてる納戸を探った。


しばらく探すと埃にまみれた分厚いアルバム数冊を見つけることが出来た。
長い間見ることもなかったので、どのアルバムにいつの写真が収められてるのか分からない。
きっとお母さんなら一発で当てちゃうんだろうなあ。
少しセンチメンタルな気分を味わいつつ、適当に選って部屋へ持って行こうとしたけれど、一冊一冊の厚さが半端ではないので、もう納戸の入り口に座り込んで見ることにした。お行儀が悪かろうと効率の悪いことはしないのが主義だ。

パラパラとめくって溜息。一冊目は妹・みっちゃんのアルバムだった。
みっちゃんが生まれた頃は、あーちゃんはうちにあまり来なくなったように記憶している。
だとすると、みっちゃんの生まれる前、私のアルバムにしか彼は写っていないのか。

フッと息を吹きかけて、アルバムに積もる埃を払った。写真を見るだけなので、特に拭き掃除はしない。面倒面倒。
手が汚れようともかまわない、後で洗えば済むことだもの。
それよりも・・・・・・・・あった・・・・・・・。

あーちゃんは意外と簡単に見つかった。
みっちゃんが生まれる前の、私のアルバムに高確率で写っていた。
それほど彼がこの家にしょっちゅう遊びに来ていたってことなのかしら。

うん、お父さんの言うことが真実だと納得できる。
あの顔よりもずっとずっと幼くて、かわいい顔だけれど、確実に尊さんの幼い頃だと分かる少年だった。
あーちゃん・・・。

そろりと輪郭をなぞる。
少し心臓が鳴った。

うん、覚えてる。
顔は覚えてないけど、自分があーちゃんをどれだけ好きだったのか。
大好きで、大好きで、結婚するとまで宣言した、初恋の彼だ。
あの頃から変わってない自分の好みが可笑しい。
いや、このタイプがきっと基本になってるんだな。だからストライクゾーンど真ん中なんだわ。

うわっ、うっっわ。
どうしよう。

今まで以上に会うのが躊躇われる。どんな顔して会えばいいんだろう。

だって、

ファーストキスも彼だもの・・・。







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