3.ブロウクンハート


昨日はとことんツイていない日だった。

朝、学校に着いたら抜き打ちテストがあった。
もちろん結果は惨敗。

お昼はお弁当を忘れ、お財布を忘れ。
友達のあかねちゃん(高利貸しの娘)に利子つきで無心し、なんとか昼食にありつけた。

掃除の時間は廊下ですべってバケツにつっこんだ。まるで漫画のような展開である。
幸い頭からかぶるのは避けられたが、右足があわれな事になった。

でも学校での凶事なんて気にならないくらい、週末の私は前向きになれる。
これから良いことがあるのに、暗い顔なんて出来ないでしょう。
憧れの彼に会えるのに、沈んだ顔なんて出来るわけがないでしょう。

下校時、いつもは家から送迎の車がくるのだけれど、昨日はあらかじめ断っていた。
憧れの『彼』は路線の違う私立の学校に通う高校生.。私の高校の近所に週末になると用事があるのか、その時しか会えない。
私の涙ぐましい労力により高校三年生と分かった。私より年上だ、先輩だ。

週末にしか会えない彼は、駅のホームで待っていると現れる。

特に背が高いわけでもないけれど、決して低くない身長と細身の体は思春期の恋に恋する少女には夢の王子様に見えるのだ。加えていつもきりりと前を向く綺麗な立ち姿は、いつも手に持っている弓道の弓が物語っている。
ああ、彼はどんな姿であの弓を引くのだろう。
思いを馳せれば夢は広がり胸は高鳴る。

けれど、彼に淡い恋心を抱き始めて約半年、積極的な行動にも移せず、週末の帰りの電車内でただ彼の姿勢良い立ち姿を眼に留めるだけだった。

だからだろうか。
神様は、行動に移せない臆病な私を試したんだろうか。
その前の学校での凶事は、前触れだったのだろうか。

いつも通り、駅のホームで彼を待つ。
この時間が大好きだった。
その姿を見るだけで、心が満たされる。来週まで、嫌なことがあっても頑張れる。
知らず緩む顔をなんとか抑えて、いつもの定位置である前から三番目の扉が来る椅子に座っていた。

ここの駅を最寄り駅とする学校は、私の学校くらいで、その私の学校も電車通学してくるような子は殆どいない。
いわゆるお嬢様学校で、みんな家から送迎の車が出ているのだ。

だから学生の帰宅ラッシュ時間だというのに駅は閑散としている。
彼の靴音すらもわかるほどに。
けれどその時の靴音は二つ。
そして聞きなれない声。
物静かな駅には不似合いな、高い声。

思わず顔を上げて、声の方を見てしまった。
見なければよかった。知らなければ良かった。
彼の靴音なんてわからないふりをすれば良かった。

「今日もソウイチロウ、格好よかったよ。わたし、弓道って分からないけどソウイチロウが弓を引くの好きよ。」
彼の隣には知らない女性がいた。
美人な人だった。
彼も笑っていた。

「ソウイチロウ。」

彼の名前を初めて知ったのが彼のカノジョの口からだったことがとても悔しい。
ぴったりと寄り添って、恋人然として電車に乗り込む二人を、私は視線で追いかけた。
この期に及んでまだ彼の姿を目に焼き付けておきたい。
未練がましい自分が、哀れで可笑しかった。







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