29.告白


「何に対して・・・って、何よ。」
勝手に人の部屋に入ってこないで。唇を尖らせて睨んでみた。
けれどそんなことで向こうがひるむわけはなし。
むしろにっこり微笑んで、私の立つ窓際へ歩み寄る。
緊張してカーテンを握り締めていたら、頭を遠慮なしにぐりぐり撫でられた。
わっ。
「髪が!!」
ぐちゃぐちゃになる〜〜!ちょっと、やめてよ。
「子ども扱い!!」
しないで!ときつく睨んだら、いたずらが成功した子どものように笑ってみせた。
「そんなに警戒しなくても、何もしないよ。」
「もうしたじゃない!」
頭ぼさぼさになった。せっかく綺麗に梳いたのに。むう・・・。

「まあまあ、怒らないで。お客さんにはまず椅子を勧めよう。」
どさくさ紛れに私の手を掴んで、部屋のソファへ引きずられた。
彼は窓際から立ち去る際に、カーテンを開けて、まだ高い陽の光を部屋に入れた。
「お客さんは自分でそんなこと言わないわ。」
図々しい客は歓迎しません。
「だって、部屋の主が礼を欠くなら、客も相応の態度に出るでしょう。」
まあ、僕の持論だけどね。と言いながら彼はベージュの布張りラブソファに腰掛けた。
きっちり隙のないスーツに身を固めたシックな彼が、女の子の部屋の丸いラブソファに掛けているその姿。
なんだか似合わなくて、自然と口の端が引き上がった。
「少しはピリピリしたのが和らいだ?」
背もたれにぐっと身を預けて、なんでもお見通しは、くやしい。


立ちっぱなしは嫌なので、嬉しそうな顔をして自分の隣を叩く彼を尻目に部屋の隅に置いてあった丸椅子を引き寄せてきた。これが私の最大限の嫌がらせと抵抗。
うっ、そんな切ない顔したってだめよ。大人でしょ。
隣になんて座らない。

「まあ、いいや。で、今日はえらくナイーブなんだね。後悔してる?結婚するなんて言ったこと。」
いきなり核心を突かれて心臓が跳ねた。
なんと言おうか・・・。ハッキリ言って、この人は傷つかない?
「いいよ、正直に言って。ふみの年齢を考えれば、尻込みするのは当然のことだから。それとも僕に気でも使ってる?」
シニカルに笑われてムッとした。なによ、こんな子どもに気を使われるのは不快ですか。
浅はかな子どもの考えを嘲笑するのですか。
「まさかっ。尊さんに利かせる気なんてないわよ。」
売り言葉に買い言葉。プイッとそっぽを向いて、もう二度と振り向いてやらない。
「それと彼のこと気にしてるんだろ。」
振り向かないなんて出来るわけがない。
そうよ、私は気にしてるわ。葎屋さんのこと。自分自身の将来だって不安だわ。
「そんな泣きそうな顔しないで。」
あなたも困った顔しないで。
「おいで。」

この言葉に、否やは言えない。


「どうして、私なの?」
彼の隣に腰を下ろして、引き寄せられるままに彼の胸に身を預けた。
優しく髪を梳く彼の指先が心地よい。
「え?」
「尊さんはどうして私を好きでいてくれるの?」
私よりも10も年上で、大人で、背だって高いし、格好良いし、加えてお金持ちだし、それはそれは女の人におモテになるでしょうよ。
そんな人が、佐想の後ろ盾があるとはいえ、それだけの価値の小娘にどうしてこんなに優しくしてくれるのか。
佐想のネームバリューだけで、私に優しいのではないでしょう?
それくらいは分かる。
あなたの手放しの好意が。

「さあ、・・・涙が綺麗だったから・・・・・・・・かな?」

涙?

「やまとさん・・キミのお母さんの葬儀で、キミが流した涙を見た。最後の最期、お別れのとき。それまで悲しい顔すらしなかったのに、僕と会ってキミは泣いた。その涙が綺麗すぎて、」

彼の瞳が私のそれとぶつかる。
真っ黒な瞳は吸い込まれそうで、覗けば私が反射して見えた。

「触れたい、」

と思った。
彼の語尾は吐息と共に私の鼻先にかかる。
鼻と鼻が触れ合うくらい、間近に迫る彼の顔。ドキドキなんてものじゃない。
心の準備が〜〜〜。

ちゅっ

小さな音を立てて彼の唇が触れたのは私の唇・・・・ではなかった。
鼻先に小さく触れて、遠のく彼はしたり顔。

やられたっ!

羞恥と怒りで真っ赤になって、衝動のままに彼の頬を平手打ちしたのは言うまでもない。







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