27.ひるまのぱぱはひかってる


「誤解があるようなので訂正します。」
「誤解があるようなので私は家に帰ります。」
賢明な判断の上紅子さんはそそくさと家路についた。これ以上ここにいたら再びあらぬ誤解を受け不愉快な思いをするからだろう。
レズの紅子さんが男を恋人だと言われる気持ちってどんなだろう・・・。わからん。
しかし玄関を通る際、私の見合い相手をしっかりチェックしたあたり、実に抜け目のない人である。

「あの人は高校の頃からの腐れ縁で今日まで雇っているただの秘書です。今までただの一度も異性だと認識したこともありません。むしろ同性だと思ってるくらいです。」
さも嫌そうに、眉間に力を入れながら尊さんは力説した。紅子さんの性癖を語らねば、その誤解を解くのも難しいことと存じますが、そこはやはりプライバシーですから容易に口外は出来ぬことでしょう。
一言言えば片付くことなのに、言おうとしない律儀さがいっそ哀れだ。
どこかふわふわとしてて、感情の起伏の乏しいと思っていた彼にも、必死になって弁解することもあるのだなあと感心して後ろから肩越しに彼の表情を覗いていたら、肩を引き寄せられて表に出されていた。
父のぽかんとした瞳とかち合う。

「後日改めてご挨拶にお伺いしようと思っていたのですが、この状況ではそうもいかなくなりましたので。」
と前置きしてから尊さんは言った。
ええ、これって。でも、私があんなこと言っちゃったから、後に引けなくなったとか・・・。
「お嬢さんを僕に下さい。」
「許さーーーーーーーん!!!!!!」

間髪いれずの怒涛の猛反対のはずなのに、尊さんは一向にひるまず涼しい表情。
父がずかずかと歩み寄って、至近距離に来ても微動だにせず。
ぽむ。
んあ。お父さん、尊さんの肩に手を置いて、なに頷いてるの。なんでちょっと嬉しそうなの。
「ありがとう、一回やってみたかってん。お膳がないんがも一つやけど。」
「そうだろうと思いました。」
・・・・・・・・・・・。

このアホなお父さんには付き合いきれません。
ここまできてこの状況でもベタなノリを嬉しがるとは・・・あ、なんか頭痛が・・・。
尊さんも尊さんだわ。こんなに緊迫した空気なのに、父に付き合ってふざけて!
あげるとか、下さいとか、私はものじゃないっつーの。


「ちょっと待ってください!!」

突如として聞こえた声。父の後方、相手方の小父さんの声だった。
妙に焦った風で、怒っているというよりは必死であると言える。
普通なら、コケにされたと怒ってもいいようなものなのに、機嫌を損ねまいとする感がある。
嫌な予感がする。
「佐想社長、どういうことですか。話が違います!うちの桑一郎がお嬢さんと婚約すれば、うちに融資をして頂ける・・・と・・・。」
え・・・・・・・・・、なにそれ。
どういうことですか。

しまった。手で覆った小父さんの口から漏れた。私に知られてはいけないことだったのね。
葎屋さんの言葉に父の顔からスッと笑みが引いた。
「『葎や』さん、このことについては後日、改めて話をさせていただきます。うちの父も葎屋さんとこにはよう世話になりましたし、えらい気にしてましたわ。せやからこの話も承諾したんですがねえ、なんや話がどうも変わってきたみたいですわ。うちも慈善事業をしてるわけやありませんねん、そら利益の出る方を取りますわ。」
私からでは父の表情は窺えなかったけれど、初めて見た『取引先』と話をする父の姿だった。
まるでVシネマに出てくる悪徳金融業者の台詞回しのようではないか。
どこからどう見ても、うちの父の方が悪役だ。
関西弁は損だな。
いや、台詞の内容も「銭に汚い」感が漂っているけど・・・。

「ひふみ、この話は保留や。家に帰るで。」

こういう時の父には逆らわないのが吉である。
私は握り締めていた尊さんのシャツの裾を放して、肩の束縛を解くように促した。
彼も心得ているようで、私の肩を放すと小さく「またね」と耳元で囁いた。

「友三さん、日を改めて正式にご挨拶にお伺いします。」
彼の言葉に父が鷹揚に頷く。
立ち去る間際に彼が私に向かって微笑んだけれど、なんだか素直に喜べない。

葎屋桑一郎さん・・・。







>>NEXT
>>BACK
>>TOP