23.繋いだ手と手


「まったく、タクシーであんな金額払ったの初めてだよ。一体どこから来たんだか・・・。」
ぶつぶつボヤかないでよ、器が小さいなあ。心象が悪くなるので声には出さない。

それでも律儀にタクシー代を払ってくれた尊さんは、運転手のおじさんに散々冷やかされていたが、本人があずかり知らぬ話なので、分からないながらも愛想笑いで適当に相槌を打っていた。
さすが社会人。
愛想笑いは処世術と見た。

「で、お見合いから逃げ出してきた感想は?」
オートロックの扉をくぐる手前、彼が振り返り私の身なりに冷たい視線を寄越した。
どうしてそういう視線を頂いちゃうのか皆目見当もつかないんですがねえ。こういう勘の悪い所が子どもなのかしら?

「最悪。」
思い出しただけで、眉間に皺が寄る。
そしたら彼の雰囲気が一変。
にっこり暖色。
「おいで。」
許可もなしに私の手をひいて、扉をくぐった。
ちょっとビックリしたけど、嫌じゃない。
手をふりほどく理由も無いから、このままでいてあげよう。


「近いうちに会えるよって、言ったけど。こんなに早く、ふみから来るとは思わなかった。」
そういえば、そんなことを言ってたわね。それって、尊さんから会いに来るつもりだったってことかな?
「どういうこと?」
「秘密。」
不敵な笑みで、エレベータの扉が開いた。

部屋の前に着いて、尊さんはジーンズのポケットからキーケースを取り出した。器用に片手で広げて一つを選び、鍵穴に差し込む。
私と繋いでる手を、離せばいいのに。
だからと言って、私からは離さない。だって、彼から繋いだのに私が手を解いたら傷付くかも知れないでしょう?
「あ。」
彼の漏らした小さな声。視線を向けると苦笑い。
「何?」
「鍵かけないで出てきてたみたい。」
鍵穴に鍵を突っ込んだまま、ドアノブをひねるとすんなり開いた。
施錠を忘れるくらい、慌てて飛び出してきてくれたってことですか?
なんだか心が温かい。暖色の笑顔を私もあなたにあげる。
ふふふ。
「ありがとう。」
「どういたしまして。」


数時間ぶりの彼の部屋に促されて先に入った。
電気も付けっぱなしで足元も明るい。
草履を脱いで、フローリングの廊下に立つと、繋いだ手に力が入った。
あれっ
ぐいっと引っ張られて、そのままの勢いで尊さんの胸の中へ。
抱きすくめられて耳を彼の髪がかすめた。
あわわわわわわわわわわわわわわわわ・・・・・・・・・・
「ちょっ。尊さん!?」
慌てるなー。落ち着けー。
って、落ち着けるかーー!!
一人ボケツッコミしてる場合かーー!!

「見合いの席を逃げ出して、僕のところに来たっていうことは、こういうことだと思っていいのかな?」

声でも分かる。
今この人すごく嬉しそうなのね。

「ちっ・・・、違うもん!そうだけど・・・ああ!そうじゃないもん!尊さんにはタクシー代せびりにきただけだもん!断じて会いたくなったとか、好きになったとかじゃないもん!!!!!」
湯気噴きそうなくらい真っ赤な顔で、思考をぐーるぐるさせながら言ってる言葉を全て把握はしてなかった。
尊さんの吹き出す笑いと抱きしめる腕にますます力が籠もって、私の思考もますます混乱を極めた。
「『もん』だって、ふみは可愛いなあ。」
「可愛いとか言うな〜〜!」
「ははは」
もー、やだやだ。恥ずかしい!!
「ねえ、ふみ。

キスしていい?」


ぎゃっ


「やーーーーーーーー!!やだやだ!恥ずかしい!!!!!」
誰か!助けて!!こんなとこ、のこのこ来るんじゃなかった!
私のおバカ〜〜〜!!
今度は引き離されまいと私は俯いて尊さんの胸に張り付いた。電話でも鳴らないかな!誰でもいいからこの状況を打破してよ。

と、その時だった。天は私に味方し給うた。


どばーーーーーーーーん!!!!!(扉の開く音)
「やほーーーーー!!たかし、晩飯食わせろーーーーー!」



やっぱりあなたは神様です!!!
紅子オネエ様!!







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