22.粋なタクシー


運転手さんに行き先を告げて、一息つきたかったけれど、まだ緊張の糸は切れない。
背筋を伸ばして車の後方に神経を注ぐ。
車越しに気配なんて分かるわけはないので、運転手さんに後ろを付ける黒塗りの車などあったら撒いて欲しいと頼んだ。
「なんだかお嬢さんは結婚式を逃げ出した花嫁みたいだねー。」
ウキウキした声の運転手さんに不意に話しかけられた。
「はあ、まあそのようなものです。」
面倒なので否定はしない。訂正するのも億劫だ。
「お、それじゃあもしかしてこれから駆け落ち相手の所にでもいくのかい?」
まあ、私がこのおじさんの立場であってもこういう場面に遭遇したら興味津々のデバガメ状態だと軽く予想できるので、おじさんに嫌な顔はできない。
苦笑いを漏らして、さっきと同じ答えをおじさんに返事として返した。
「っかーーー!!ロマンスだね〜〜。そんなことなら、おいさん絶賛応援しちゃうよ!後ろのクラウンとベンツはお嬢さんを追いかけてんのかね?」
おじさんの言で後ろの窓を振り返ると、ベタベタな金持ち車が追いかけてきていた。
今どき「金持ちはベンツだ!」なんて思ってる人、少ないと思うんだけどなあ。
けれど父はベタが好きらしい。
手に負えないので今は諦めの境地である。
その見慣れた厳つい車がこのタクシーを付かず離さずでつけていた。

「父の言いつけで、意に沿わぬ結婚をさせられそうなんです。私には心に決めた人がいるのに・・・!!お願いします、運転手さん!私を彼のところまで連れて行って!!」

こうなったら芝居の一つでも打ってやるわよ。
おじさんをやる気にさせて追っ手を撒いてくれるなら、涙も潤ませてみせましょう!
粋なおじさんは案の定、のってくれたようでやる気満々ハンドルを握り直した。
よっしゃ、世界は今私の為に回ってる!
我知らず、膝の上の拳に力が入った。






目的の場所に着いたのは、陽が傾きかけた頃だった。
平たく言うと午後3時くらい。おやつが食べたくなる時間帯です。

タクシーのおじさんは、私の期待以上にうまく追っ手を撒いてくれた。
再び涙を潤ませて、ありがとうを連発し、背中におじさんのエールを受けて再び私はマンションのエントランスをくぐった。
オートロックの呼び出し口で、覚えておいた部屋番号を押す。
暫くすると耳に慣れた男性の声が出た。
「尊さん?・・・ひふみです。」
「ふみ!?どうしたの?」
予想だにしなかったのか、少し裏返った声が笑いを誘う。
でもここは笑いどころじゃないから!
「・・・お願い、下りてきてもらえますか?」
「ちょっと待ってて。」
言い終わるか終わらないかの内に受話器は切られて、オートロックの扉の前に立ち尽くす。


それほど待たずに彼は来た。
その辺のお兄さんと変わらない、Tシャツと褪せたジーンズ。ああいうのも悪くない。
扉が自動で開く音と共に彼が私の名前を呼んだ。
「ふみ!」
「尊さん。」
私は駆け寄ってくる彼の胸に飛び込んで、紅潮した顔を見上げた。
期待に満ちた彼の手が、私の肩を優しく包む。


「尊さん・・・・・!!!

タクシー代貸してください!!!!!!!!」


「え・・・・・・・・・・・?」


そんなガッカリしないで、金出せ。にっこり。







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