20.地獄のお見合い
迎えの車に親子で乗って、目的のホテルに着いたのは昼前だった。
行きの車内で意を決して父に見合い相手のことを聞いてみたけれど、「会えば分かる」だなんて、最初から見合いのことも相手のことも内緒の話だったのね。
知らぬは本人ばかりなり、とはよく言ったものだ。
ホテルについて振袖を着せられた。
なんかもう、嫌でも『お見合いします』って実感させられる。振袖なんて定番な。
これでお部屋はお座敷で、中庭からカポーーンって鹿威しの音が聞こえたら、ベタすぎて笑う気にもなれない。
でもたぶんうちの父ならそれを選ぶはずだ。
こんな時でもウケを狙ってベタなシチュエーションを選ぶ人だから。
あー、シャレにならん。
しかし、着物って歩きにくいわ。
逃げ出そうにもこれじゃあ、歩くこともままならない。早歩きすらできないな。
しかも物凄い目立つし。
ホテルの絨毯は柔らかすぎて歩きにくいし。
何もかもが私の逃亡を妨げる障害にしかならない。
ぬう、父はなかなかの策士かもしれぬ。
ホテルの着付け係の従業員さんたちに綺麗だの可愛いだの誉めそやされてもちっとも嬉しくない。
動きにくいこの振袖は、皮肉にもこれからの私の人生を表しているようだ。
親の決めた結婚をして、知らない人のもとに嫁ぐこと。
綺麗な服を着て、優雅な生活をして、けれどその実、私に自由などありはしない。
歩くこともままならない、逃げ出すことも出来ない。それはもはや囚人ではないだろうか。
だけれど私は親の庇護下にある高校生。
まだ16なのだ。
親に逆らい、今後どのようにして生きていけるのか。
そう考えれば、甘んじて受けなければならない人生の選択肢なのだろうか。
私は父の後について、臙脂の絨毯を踏みしめる。
考え事をしながら歩いていたせいか、ずっと俯いたままだった。
父が立ち止まったので我に返り、顔を上げた。
視線の先には件の相手と思われる、スーツ姿の男。
心臓が冷えた。
背筋が凍った。
手が一気に冷たくなった。
どうして。
心臓は早鐘を打つ。
それはもう、激しく、パンクして死んでしまいそうなくらい。
いっそ、死んでしまった方が良かったのかもしれない。
彼はこちらを振り返り、爽やかな笑みを浮かべた。
いつも彼は爽やかな笑い方をしていた。
「初めまして、葎屋 桑一郎と言います。これからよろしく、ひふみさん。」
ソウイチロウ
耳元で、彼のカノジョの声が脳裏によみがえった。
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