19.西の言葉まみれ


「この馬鹿タレがーーーーーーー!!!!!!!」
バチコーーーーーーーン!!!
「いたいっっ!」
再会の第一声がこれですか、オトウサマ。しかも思いっきり頭を叩きましたわね。
「お父ちゃんがどんだけ心配したと思てんねん!いきなり家飛び出して行きよってからに。余所様に迷惑までかけて、お母ちゃんが生きとったらグーでどつかれてるで!」
うちの父は素になるとベタベタの大阪弁が出る。祖父母が大阪人なせいなのだが、普段は取り澄ました顔で標準語を操る。
家では全く大阪弁なので、仕事中の父を見たとき大爆笑した。
もちろんその時も頭を平手で叩かれた。

「尊くん、すまなんだな。うちのアホ娘が迷惑かけた。ほれひふみ、お前もようお礼言うとくんやで。」
父は私の頭を軽く押して、お辞儀を促した。
そもそもの原因が何を言うてるんや。あわわ、伝染ってしもた。
「いいえ、ひふみさんが無事でなによりです。トモミ兄さんもあんまり怒ったらんとったって下さい、彼女も見合いの話でえらい取り乱してたみたいやし、それ聞いたんも昨日の今日やて、そんなん酷な話やと思いますけど。」
彼はサラリと父を批判した。父と同じイントネーションで。

がーーーーーん

衝撃!
この人、大阪弁喋りよったで!
うわー、うわー、何か軽くショック!今の今までスカしたお兄さんやと思ってたんに。
あまりのショックに開いた口が塞がらない。しかもモノローグすら訛が出てしまう。

「久し振りやなあ、尊くん。元気にしとったか。キミの噂はぼちぼち聞いとるよ、なかなかようやってるみたいやな。」
「おかげさまで。」
父となんの違和感もなく、久方ぶりの再会を喜んでいる。うちの両親と知り合いだったか、父のことを「兄さん」なんて、芸人の師弟関係みたいだなあとぼんやり思った。
景気の話なんてしちゃってさ、子どもの私は疎外感。

「ゆっくり話したいとこやねんけど、時間がないんや。ひふみ、尊くんに挨拶しなさい。」
「ご迷惑、おかけしました・・・。」
なにをブスっとしてるねん失礼やろが、と父が隣でぼやいた。だって、このあと恐怖の見合いがあるんでしょう。誰だってどんよりどよどよ曇天の心になっちゃうよ。
できればここでのんびりしてたい。
なんだかんだと短い時間でここの部屋が気に入ってしまった。
ご飯は美味しいし、部屋は綺麗だし、ソファは気持ちいいし、・・・・・・・・・・・お兄さんは好みだし。
ふっ
最後が本音よ!

「ふみ、またおいで。」
彼はにっこり笑って私の頭をワシワシ撫でた。
お父さんの前だからなのか、朝のやさっきのとは全然違う撫で方。好意の種類の違う撫で方。
知り合いのお兄さんが近所の子どもを可愛がるような、そんな撫で方。
いきなりそれはないんでない?
なによ、それ。もう諦めちゃうの?私の事、そんな程度だったの?
私達の世界では、政略結婚なんて簡単に享受し得るものなの?

・・・・・・・・なんか、泣きたい。

「もー、来ない。絶対来ないもん。尊さんになんて、もう会いたくないもん。」
あてつけのように、彼にしか聞こえない声で言ってやった。

「会うよ。きっと、近いうちに。」

やけに自信に満ちた、確信のこもった彼の声。
不敵に口角を上げて、手を振った。
後ろでバタンと重い扉が閉まる。昨日見たはずの初めて見た扉。昨日見たはずの廊下。エレベーター。マンション。
どれも覚えがないけれど、目に焼き付けておく。
彼の言った言葉が気になるから。

「近いうちにねえ・・・。」
大人の人の考えてることって、よくわからない。
きっと、高校生の浅はかな考えでは及びもつかない事を色々企ててるんだ。







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