18.涙に濡れて


私の心の絶叫は声に出していたようで、ダイニングから豪快な笑い声が届いた。
紅子さん、いちいち笑いすぎです。
気になる彼の反応は、変わりなし。どころか、嬉しそ〜〜うににっこり。不可解です。

言い直しの要求をしたことで、尊さんは少し考え込んでから、再び口を開いた。
私の言いようには特に思うところはないみたい。ホッ。
「・・・酔っ払いのオッサンに可愛がられてた。」
ぎゃーーーーー!!!それってなんか語弊があるから!
イカガワシイ響きがふんだんに含まれてます!
ワンスモア!パードンミー!?
「いや、間違ってないよ。酒を浴びるように飲まされて、はっちゃけてたから。純粋に若い子を可愛がってた人もいただろうけど、ちょっと危なそうだったし・・・・。」
それは大分危ないです。
「僕も少し酔ってたみたいで、あまり確かなことは言えないけど、たぶんあのまま放っておいたらもっと大変なことになってたと思う。」
・・・・・・まあ、その通りですね。
「・・・・・・危ない所を助けていただいたみたいで・・・・・あ、ありがとうございます・・・・・。」
だいたい朝一緒のベッドで目が覚めて、ほっぺチューとかされときながら、「危ない所を助けてもらった」ってお礼言うの皮肉っぽい。
不本意ながらも頭だけは下げよう。
頭はなんぼ下げてもタダやさかいに、金払うの以外に頭下げて解決できる問題やったらなんぼでも下げたる。これウチの母の名言です。

「今回は僕が寸でのところで助けられたから良かったけど、ふみも『佐想』の名前を背負っている以上、外聞は気にしないといけないよ。何があったか知らないけど、キミの軽率な行動一つで『佐想』の名に傷がつく事だってあるんだから。」

ブチーーーーーーーーン

「なによ!知った風な口利いて。確かに醜聞を気にするなら軽率な行動だわ。けどね、けどね、私がそんな行動に出た理由も知らないで、勝手なこと言わないで!!なによ、なによ、大人ぶって!貴方がいくつだか知ったこっちゃないけど、私みたいな若い身空で親に勝手に結婚相手選ばれちゃう憤りなんて分からないのよ!!!それ知ったの昨日よ!?しかも今日は見合いよ!初対面よ〜〜〜〜〜!!!!」
うわ〜〜〜〜!!!
私は恥も外聞もなく大声をあげて泣いてやった。案の定、尊さんは突然泣き出した私に驚いて、扱いに困ったようにおろおろしていた。
ふんだ、いい気味よ。大人のふりして説教垂れるからだわ。

自分で大声をあげてるから、遠くの方で小さくしか聞こえなかったけれど、紅子さんの「や〜い、泣〜かした〜。」と言う声が聞こえた。
あんた小学生か。と突っ込まずにはおれない。


ひとしきり泣いて、気分がすっきりした。
もう出るのは涙に押し流された鼻水と、鼻水をすする音だけ。
昨日、あれほどショックなことがあったのに、こうして涙を流すのは初めてかもしれない。
尊さんは私が泣いてる間中、ずっと周りをうろうろして、タオルを取ってきたり、ティッシュを取りに行ったり、甲斐甲斐しく世話をしてくれた。
することがなくなると、途方に暮れた顔で私の隣に腰掛けた。そして泣き止むまでずっと私を見ていた。

泣き止んだのを確認すると、私の髪をそっと撫でてくれた。
今朝の遠慮なしの愛情表現的なものより、ずっと優しくて、切なかった。


彼はそれ以上私に触れることはなく、迎えの到着を知らせるインターホンが鳴ったのは、それから間もなくことだった。







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