17.覆水盆に帰らず


「で、水流さん。」
私は話の続きを促そうと彼の眼を見上げた。
「たかし。」
「は?」
「水流じゃなくて、尊って呼んで欲しい。」
名字で呼ばれるのは好きじゃない。彼はそう言った。「つる」という名字に嫌な思いもしたんだろうか。
「た・・・尊さん?」
「そう。」
戸惑いがちに小さく呼ぶと、彼は嬉しそうに微笑んだ。
大人らしくない人懐こい笑顔に、我知らず頬が赤らむ。ううう、この笑顔に弱いんだ。さっきまで無表情だったから余計に嬉しい・・・。やっぱりこの人の顔好みだわ・・・。

「どうして私は尊さんの家に来ることになったのでしょう。ほ・・・本当に申し訳ないんですけど、昨日の記憶がないんです。尊さんはどこで私を見かけてここに連れてくることになったんですか?」
「本当に何も覚えてないの?」
こっちが質問してるのに質問で返すな。いや、確認なのかしら。
「全くもってさっぱり。」
ミジンコの爪先ほども。
私の大げさな比喩表現に、彼は再び溜息で返した。
「ものすごいショック・・・・。」
なんでそんなに傷つく必要があるの。
はっ・・・・・・、まさか・・・・・まままっまっままっまさか・・・・。
「違う違う、大丈夫。何もなかったから、そーゆーのは。」
深読みしすぎた私の顔色が瞬く間に青くなったのを、彼は素早く察知して苦笑いと共に弁解した。
「昔みたいにスキスキ言って懐いてくれてたから、僕のこと思い出してくれたのかなあと・・・。」
んなっ!!!!!!!!
「すっっっっ好き!?」
ぎゃーーーーーーー!!!!
よみがえれ昨日の私!今の私が跡形もなく消し去ってくれる!!!
なんてことを口走ってるんだ!確かにモロ好みだけど!!!
「今思えば完全に酔っ払ってたんだなあ、アレ。」
僕も結構酔ってたみたいだけど。って。

いや、自嘲的に笑われても!!!

「酔ってたってどういう・・・・・!!?」
だから記憶がすっ飛んでるの!?

勢いよく立ち上がった私を尊さんは見上げて、真顔で言った。
「僕がふみを見つけたのは、飲み屋街のクラブだったよ。」
僕も付き合いで行ったんだからね。ってどうでもいい言い訳は聞きたくない。
今そこに嫉妬とか、軽蔑とか、注目するような余裕はない。

「一言で言うと酔っ払いのオッサン達のアイドルだったよ。」

なんでそんな抽象的な表現をするんだこの人は!!!
アイドルってなんだよ!







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