15.冷えた焼き飯
「たかし」なんてよくある名前だから、聞き覚えはあれども特になんとも思わなかった。
名前を反芻するうちに、電話を終えた「水流 尊」さんがリビングに姿を現した。
「すぐに迎えが来るそうだよ。キミの家からだと一時間は掛かるかな。」
水流さんはダイニングテーブルには掛けないで、リビングにある黒いソファに腰掛けた。
彼の言動に理由は判然としないものの、わずかな不安を覚える。
私の前には水流さんの食べかけたチャーハンがある。もう湯気も立っていない。私と紅子さんはすでに食べ終わった。
食べないの?
ブロウクン・ハートで食べる気も失せたかしら。
男の人ってヤワだなあ。
あ、ナイーブって言うのね。
「話しに行ってきたら?」
水流さんをじっと見詰めていた私の背中に紅子さんが声を掛けた。
「私はここにいてるから。アイツがひふみちゃんに変なことしだしたら、鉄拳が飛ぶから。」
安心して?と、とっても輝く良い笑顔で紅子さんは拳を見せた。安心です・・・。
「あの・・・。」
彼の座るソファに近づき、恐る恐る声を掛けた。
彼は無言で私に振り向く。笑わない顔。
なんだかさっきまでの水流さんと違って話しづらい。
どこかに見えない壁があるようで、彼と私の間に隔たりがある。
「座って。」
短く促されて彼の向かいのソファへ身を沈めた。
笑わない表情で、彼の瞳が真っ直ぐに私に向けられる。
どこか居心地が悪くて、視線を合わせられない。
中空を漂って、行き着いた先は自分の膝の上。握り締める両の拳が目に入った。
何を緊張してるのだろう。
自分でも分からない。
「佐想ひふみさん。」
フルネームで呼ばれて違和感を覚えながらも弾かれるように顔を上げた。
嫌だ。
そんな風に呼ばないで。
どうしていきなり拒絶するの。どうして笑ってもくれないの。
「キミがどうして僕の家にいるか。だっけ。」
彼は胸ポケットから銀縁眼鏡を取り出した。
あ。
あああああああああああ。
二年前のかすんだ記憶がフラッシュバックする。
胸ポケットの銀縁眼鏡。
黒い喪服の男の人。
『たかしに会いたいわあ・・・。』
力の入らない母の声。
『たかしって、僕のことだ』
笑いを押し殺した低い声。
声なんて覚えてない。
顔なんて覚えてるわけがない。だって影に隠れて見えなかったから。
名前だってすっかり忘れてた。
今の今まで眼鏡を掛ける仕草も忘れていた。
そうだ。
この人・・・・・・・・!!!!!
「お母さんの『間男』!!!!!!!」
「違います。」
間髪いれずのツッコミ。
ううむ、やるな。
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