第七話


本日も晴天なり。
良く晴れた空を眺めてウチは呟いた。前を歩いてた友達の尚ちゃんが、振り返って首をかしげた。
それに独り言と曖昧に笑って、また尚ちゃんと歩きだした。
さて今日はこれからどこかに寄りますか?講義はもう終わってもたので足取りは軽い。
平日はたかしの相手をせんので、学生らしく好きなこーと楽しんでるんよ。


あの後たかしは毎週日曜日にウチの家に遊びに来ることになった。
ウチの家の休日は大概家族団欒してるんで、そんなかにたかしを放り込んだら勝手に言葉も覚えるでしょうと言うアイデア。言葉は習うもんやない、吸収していくもんなんや。
言葉では説明できん意味の言葉も、聴いて使っていくうちに自然とどういうことか分かっていくもんよ。
なかなか責任感のない教え方なんやけど、ウチにはソレが一番エエように思う。
幸いにしてたかしの両親にも許可はもらえたし、「毎週日曜日はお子様と触れ合おう、癒しの週末」や。
でも、許可をもらいに行った時のたかしの両親はどうかと思う。
まるで次男に興味がなさそうで、自分のことと長男のことばっかり・・・。
庶民の家に出入りすることに眉をひそめてたたかしの母親は、「サソーに取り入るためだから」と無表情に言った5歳児の言葉にあっさりと頷いた。
「水流の為に、源五郎にしっかり気に入られなさい。」
そういう言い方はないんとちゃいますか?喉まで出かかった言葉は、たかしがウチの服の裾を掴むから、思いとどまった。なんで止めんのって言うたりたかったんやけど、あの子の手が、ウチの服の裾を掴んだ手が、握り締めて白うなってたから、この子が我慢してんのにウチが我慢せんのは申し訳ないと思った。
親がそんなんやったら、せめてウチの家はたかしをうんと甘やかしてやろう。
いっぱい楽しい思いをさせてやろうと思う。


「大和ったら、聞いてる?」
再び尚ちゃんの声で我に返った。目の前の尚ちゃんはちょっと怒り気味。
「え、あ?なんだったけ?・・・ゴメンナサイ、全く聞いてませんでした・・・。」
慌てて取り繕おうとしたけど、尚ちゃんが凄んできたんでウチは素直に謝った。ショボンヌ。
頭を下げたウチに尚ちゃんは満足して「よし、もう一度言ってあげる。」と上からものを言った。ぬう、下手に出ればいい気になりやがって今に見てろ、あとでこちょばしの刑にしたる。ウチの指はゴッドハンドやで、こちょばいポイントは知り尽くしてんねんで〜、昔妹をこちょばしすぎて失禁させたことも・・・ゴホンゴホン、まあ昔の話や。
「うちの大学院にね、ちょっと凄い人がいてるんだって。」
「へえ、どんな凄いの?」
今度は真面目に話を聞いて、構内を二人で歩く。
やっとウチが話を聞く気になったからか、尚ちゃんはちょっと興奮気味に鼻息荒く話し始めた。
「建築学専攻のスミクラトモミさんって言う人なんだけど、なんか色んな賞とってるらしいよ〜。」
「何の賞?」
「さあ?キョーミないからわかんない?」
・・・どついたろか。
尚ちゃんはピンクが良く似合うブリブリのオンナノコ。悪い子違うからウチも友達やってるけど、ちょっとちゃらんぽらんなところが叱りつけたくなるねん。
まあ、建築学専攻の人がとる賞やねんから、建築関係やねんやろうな。
「それでね、その人すごくお金持ちのおうちの人なんだって、いいねえお金もあって才能もある人・・・。」
最後に尚ちゃんは溜息をついた。人生やっかみで成り立ってる尚ちゃんはちゃらんぽらんやけど根性がすごい。
金持ちや美人に対して物凄い劣等感を持ってるらしい尚ちゃんは、そやからか人一倍玉の輿願望が強かったりする。目下のターゲットは見家山雄。ガンバレ尚ちゃん、ウチは応援してるで!!
「ふーん、うちの大学にそんな人がいたんだね知らなかった。」
女の人やのにすごいなあ。才気溢れるキャリアウーマンや。自立してる女の人ってカッコよろしいな。
角倉智美さん?友美さん?ともみさん・・・トモミさん・・・あれ、なんか聞いたことあるな・・・・。

ウチの思考は前方20メートルからウチらを呼んだ見家の出現によってストップした。
「見家君☆」
ウチよりも素早く反応した尚ちゃんにつられて顔を上げたら、見家と連れの田中が手を振っていた。
おざなりに手を振り返そうと思って腕を持ち上げた瞬間。

「沢柳さん。」

持ち上げた腕を後ろから取られた。
反動で振り返ったウチは、目の前の顔に心臓が止まるかと思うくらいビックリした。
ビックリしたと同時に、掴まれた腕が熱くなる。ウチの腕やのに、そこはまるで違うもんがウチの身体に付いてるみたいやった。

「オレのこと憶えてない?沢柳大和さん。」
覚えてるもなにも・・・。
目を見開いて食い入るように目の前の人の顔を見ていたウチを、その人は憶えてないと捉えたんか、顔を近づけてウチにしか聞こえへん声で囁いた。
「行っトイレ〜。」
「ぎゃあああああああああ!!!」
みみみみみ・・・耳元で囁くな!!!
ウチは思いっきり『関西弁にーさん』を突き飛ばして、尚ちゃんも見家も田中も全部全部ほったらかしで全力疾走、逃げるが勝ちや。
アカン、顔が熱い!絶対赤い!
なにしでかすねんあのにーさん!ちゅうか、なんでおんねん!こんなとこに!!!
ああ、もうわけが分からん。ウチはどこまで逃げたらええんや・・・。




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