第六話
ウチとたかしはにこやかに見家が去っていくのを手を振りながら眺めていた。
「なあ、やまと。」
「なんや。」
たかしがまだ見家を見送っていたので、ウチもそのように。
「山雄叔父はやめといた方がいいぞ。」
「なんでや。」
反論の言葉ではなくて純粋な疑問。言われんでも見家はやめとく。
「ひつこい。」
たかしはこの時になってウチを見上げてそう言った。
大阪弁を真似して叔父を酷評するのが可笑しかった。腹を抱えて笑い、こんないたいけな子供にまで見透かされてる見家がいっそ憐れやった。
「知ってるし。あんたが生まれる前からアンタの叔父がひつこいんは知ってる。ほんでもってアイツがウチのこと好きなんも知ってんねん。せやけどウチはアイツのこと男として見るんには嫌なやつや思てるからアンタの心配は無用や。」
ウチの笑顔にたかしは「それにしては優しくするんだな。」と憮然とする。
子供には大人の人付き合いっちゅーんは理解でけんもんなんやろかね。その内アンタも社会に揉まれて擦れていくんよ。はー、擦れたたかしとか見たないな。
「今ウチが言うたことは見家には内緒な。」
子供はただでさえ口が軽いよってに、本音を言うのは間違いやったか。
「いいよ、今はないしょ。でもいつか、こっぴどくふってよね。僕の前で。」
けどウチの懸念は無用のよう。「叔父の泣く顔が見たいから」と続けたたかしは、子供やのに子供とは思えん黒い表情で哂ってた。
・・・・・・甥っ子にこんだけ嫌われる見家はたかしに一体何をしたんや・・・。
お屋敷ん中入って、ウチはたかしの部屋におった。5歳児が自分の部屋ってどうよ。
しかもウチの部屋より断然大きいし。・・・負けた。
ご両親にご挨拶くらいと言うたんやけど、たかし曰く、オトンは当然お仕事でオカンはどこぞで観劇やと。
5歳児ほったらかしてなにしとんねん。
お手伝いさんがおるからエエんか?子供に寂しい思いさせて自分だけ遊びに行ってエエと思てるんか?
金持ちってこういうんか・・・。
「平気だよ、いつものことだから。」
聡い子供はウチの表情を読み取った。たかし〜、真っ直ぐ育ちや〜。
胸が切ななるわ。思わず頭をグリグリ撫ぜたったら、本人に睨まれた。
「僕はね、やまとにサソーのおじさんのことばを教えてほしーの。」
ウチの手をのけてピッと指をさす。指をさされたウチは目を瞬かせた。
「僕もサソーのおじさんややまとと同じように喋りたいの。」
大阪弁をか!
「ん〜〜・・・。教えてあげたってもエエんやけどな、言葉を教えるゆうんはムツカシイコトなんや。せやし言葉の意味がな〜〜・・・言葉で説明できんこともあるし、ウチ一人にそんな大役、自信ないわ。なんでそんな大阪弁とか喋りたい言うんよ?」
普通に言葉喋れてるんやからそれでエエやないの。好き好んで大阪弁なんか喋らいでも・・・。
「やだ、だってサソーのおじさんちはみんなしゃべるんだもん。僕だけ違うのおかしいよ。」
「アンタはサソーの家の子やないやろ?違うんは当たり前やないの、そんなん無理に合わせたってアンタはサソーのおっちゃんの子になられへんのよ?」
たかしの言い草がまるで自分の家を拒絶するように思えて、ウチの口調は些か厳しくなった。サソーのおっちゃんに憧れるんはエエけど、そのものにはなられへんのや。子供には分からんことかも知れんけど、なりとうても手の届かんもんはいくら頑張っても無駄なんや。そんならいっそ手を伸ばさん方がまだむなしさも軽かろう。
ウチの言葉をどこまで理解してくれたかは分からんけど、たかしは唇を尖らせて、白い頬っぺたを紅く、涙を潤ませる。
「やだ!サソーのおじさんちの子になるもん。そうしたらママもパパも喜ぶよ。サソーのおじさんと仲良くなったらママは褒めてくれるもん。おにいちゃんよりも僕を褒めてくれるもん。」
あ、やば・・・。涙出そう・・・。
聡い子やと思ってたけど、やっぱり子供なんや。親が居らんでもいつものことやと平然としてるように見えたけど、親の気を引こうと必死なんや。
賢いから、余計に哀れに思えてしまう。憐憫の情はこの子にとっては失礼なんかもしれんけど、ウチはこの子が可哀相で可哀相で仕方がない。
赤い頬っぺたに今にもこぼれそうな涙が庇護欲をかき立てられる。なんとも罪作りな存在やな。
結局は情にほだされて、この子の我がままをきいてまう羽目になるんや。
「しゃあない・・・教えたる。」
ウチは溜息混じりに応えた。ウチの負けや。
すると、みるみるうちに涙目が引っ込んで太陽が射した笑顔になった。
「ありがとう!やまと!!!」
子供の表情はくるくるとよく変るもんやけど、ここまでよう変わり身の早いこっちゃ。
たかしはこのまま大きなったらタラシになるわ。きっとそうなるわ。嫁になる子は苦労しそうやね〜〜、わがままっ子相手にするんは骨が折れるで・・・。
その後ウチは、たかしを我が家へご招待した。
ウチ一人で言葉を教えるんはあまりにも心もとない。せやから自慢の仲良し家族に協力を要請することにした。
今日は送ってもらうついでにちょこっとだけうちの家族にご対面。と言っても居るんは専業主婦の母親と、高校生の妹の撫子だけやけどね。父はまだお仕事やろう。
「ただいま〜。」
玄関先で靴を脱いでると、家の奥から母親が素足でぺたぺたと廊下を歩いてきた。
「お帰り〜。なあて、窓から見えてんけど、なんかうちの前に大きい車が停まってるねえ。」
そう言いながら母親は靴を脱ぎ終わったウチとたかしを視界に入れて動きを止めた。
「いや〜〜、えらい可愛い子連れて帰ってきて、アンタどこでこんな子攫ってきたん?元んトコ返してき。」
「犬か。」
攫ってへんし。そんな性癖ないし。
母親はたかしの前まで来ると中腰になってたかしと目線を合わせた。
「冗談や。ほんでアンタはどこの子や?」
ウチには真顔で話すくせに、たかしにはデレデレに優しい声色使うてオカンのほうが攫うてきそうやないの。
「はじめまして、つるたかし5歳です。よろしくおねがいします。」
身体を二つに折り曲げての深々としたたかしのあいさつに、母親も後から出てきた妹も、生暖かい視線を送ってた。
うん、掴みはオッケーや。
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