第五話


週が明けて、大学の敷地内で顔をあわせた見家は、開口一番ウチに人を訊ねた。
「なあヤマト、俺の甥と知り合いか?」
「・・・見家の甥・・・?だれ、ソレ。」
訝しく眉根を寄せる。
それが不機嫌な顔に受け取られたんか、見家は一気に自信をなくしてしどろもどろと話を切り出してくる。
ウチは見家の行動に更に眉根の皺を深くしたんやけど、当の本人は気付かん。
「俺の、甥で、水流尊っつーんだけどさ、お前と知り合いだっつって、会わせてくれって言うんだよ・・・」
ああ、思い出した、あのガキんちょか。サソーのオッチャンの信奉者。
「あー、はいはい。たかしくんね、4、5歳の男の子じゃない?たしか、見家のお姉さんの息子だ。」
と本人が言うとった。
話が通じて見家は胸を撫で下ろし、用件を述べた。どうやらたかしくんはウチのことを大変お気に召されたようで、また一緒に遊んでほしいのやとか。遊び相手に人を呼びつけるとは、お貴族様かあのお坊ちゃまは!
まあ、可愛いから許したるけどな。
ウチもたかしくんをお気に召してるので、断るわけもなく、講義が終わったら帰りしなにたかしくんの家に寄ることにした。

講義の間中落ち着かんで、心の声は「早よ終われー、早よ終われー」と念じてるし、視線はチラチラと腕時計に走るし。
なんでこういう時って時間経つのが遅いんやろね。
確か、たかしくんのお家はお父さんが社長さんやったかな。会社の規模は知らんけど、「社長さん」の御宅拝見ができるのも浮き足立つ原因ではある。
他所の家の中って、無礼やけど興味あるやん?
金持ちの社会には嫌気が差すけど、せやからと言って興味がないわけではない。お金があったらどういう調度品を家に置きはるんやろうね。


しかし、ウチはまたもやなめてかかってた・・・。
見家の家が結構なお金持ちやと知ったはずやのに、そのお姉ちゃんが少々のお金持ちに嫁ぐはずがないと気付くべきやった・・・。
まあ、つまり甥のたかしくんも大層裕福な家の子やったっちゅー話やねんけどな。

まず、迎えの車がやってきた。運転手付きやった。
一応、ご案内役に見家が一緒に乗り込んでくれたんやけど、あいつは何や慣れたもんで眉一つ動かさん。
当たり前っちゅー顔。
うわ、今物凄い見家が憎たらしく見えるわ。ウチはこんなに緊張してんのに・・・。
車がたどり着いた先は言葉では言い表わされへん程の大豪邸。
ちょっと、国土の狭い日本にこないな大きい家建てて、一体なんぼかかるんよ!
庭とかありまっせ、広おまっせ!庭師さんとかおる!ふ・・・っ、噴水あるよ、ここの家!家っちゅーかお屋敷。
「ヤマト、見すぎだから・・・。」
ウチがあんまりきょろきょろするもんやから、見家から渋い顔でお咎めがあった。
見たらアカンのかい。ウチは所詮、育ちのよろしくない家の子やからね、へーへー。
せやけどアレやな、甥っ子の家がこない大きかったら、見家の家も相当大きいんやろか・・・?
ウチは見家をじっと見た。
そしたらこの男、何を勘違いしたんや、照れくさそうにはにかみよった。さぶっ
可愛ない可愛ない。
あの大阪弁のにーさんやったらはにかむ笑顔も可愛いんやろな・・・。
・・・・・・・って、なんであのにーさんが出てくる!たかしを引き合いに出したらいいやんか、なんであのにーさんよ。
あ、アカンなんか頬っぺた熱なった・・・。
なんて名前やったかなあ、忘れてしもたわ。


玄関に入ると小さい人が出迎えてくれた。
ウチの姿を見るなり「やまと!」と名前を呼んで突進してきた。
ホンマにこの子は可愛いなあ。子供らしくて可愛いっちゅーんもあるんやけど、たかしは可愛い顔をしてる。一人で歩いてたら変態に攫われそうな位。
将来が楽しみやねんけど、
「たかしくん、一人で出歩いたら絶対にダメだよ。」
ウチはたかしに言い含めるように、目線を合わせて肩に手を載せた。
たかしからはキョトンとした視線が返ってくる。ええんよええんよ、分からんでも無事に育ってくれたらなんも言うことないんよ。

改めて、
「たかしくんコンニチハー。私の事憶えててくれたんだねえ。」
実は見家がおるから大阪弁で喋りたないんや。
たかしはウチの喋る言葉に首をかしげ、次いで頬を膨らませる。
「やまと、なんでそんなんで喋るんだ。こないだみたいにしろ!」
エエ度胸やな、ガキんちょたかし。大人様に命令口調とは。
しかしウチは見家の前で素の自分を絶対に出したない。付き合いは長いけど、気心の知れた友人というのではないからや。
ウチは目線で見家の存在を示す。
こんなやり取り、ふつう子供にゃ理解できんと思ったんやけど、たかしは聡い子やからウチの言いたいことにも直感で悟ってくれた。ホンマに将来有望株や。
「山雄おじ、帰って。」
「はあ!?」
子供の突飛な我がままに大人は大概戸惑うもんで、見家は眼を見開いて叫んだ。しかし、たかしは叔父には強気なようや。
「山雄叔父がいるとやまとはちゃんと喋ってくれない。帰りもちゃんとうちの車で送るから、山雄叔父は帰って。」
見家の心配する所の、ウチの帰宅の足も気を回して、なんて大人な子供やろ、と思った矢先に渋る見家を地団太踏んで追い返す様はどうしようもなく子供らしい。
戸惑う見家に、ウチは笑顔で見送る。
「私のことなら大丈夫。送ってくれるって言ってるし、心配してくれなくていいって。自分の甥っ子でしょー?信用してあげなよ。」
見家は最後の最後まで渋々といった感じで、こちらを振り返り振り返り帰っていった。
さっさと去ね☆




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