第四話


「ボク自身は関西出身違うんやけど、両親が大阪の出でね、こっちに来ても大阪弁喋り続けるから伝染ってしもた。小さい頃から家では大阪弁の外では標準語で通してる。」
ごく自然に聞きなれた音を隣の男の人は紡いでいく。
ウチはその懐かしい響きにものすごい嬉しくて、興奮した。にーさんが自分のことを「ボク」と言うたびに心臓が鳴った。
関西弁のイントネーションで男の人が「ボク」と言うのをウチはたまらなく好いている。畏まってたまにしか使わんで何か言い慣れん感じが可愛いと思えるんや。
久々に聞いてやっぱりエエなあと実感。今日はエエ日や。
「子供と話してるんをチラッと聞いてキミが大阪の子やって分かってん。ボクの言葉遣いはおかしないやろか?」
両親が生粋の大阪人のせいか、にーさんのイントネーションはウチを不快にさせん。
大阪人は総じてエセ大阪弁を毛嫌いするもんや。自分らの言葉に誇りを持ってるから、興味本位になんちゃって大阪弁を喋られると不愉快になる。
「いや、全然。」
にーさんの大阪弁には中途半端な発音は一切ない。
せやからホンモノで、耳に心地よい。
「にーさん、ウチ久し振りに大阪弁聞けて嬉しかったわぁ、ありがとう。せやけどなんぼノリが良うても、年頃の女の子に『スッキリした?』はないと思うな。」
ウチは気分良く笑いを込めて、でも唇を尖らせて不満を言うた。
「そうか。」
まるで会社の上司のオッサンをたしなめるお茶汲みレディやな。

ウチらはまるで十年来の知り合いのように、自分のことは一切喋らず、とりとめもない世間話ばかりをした。
自然と会話が終わった所で会場の喧騒が聞こえてきた。
「にーさんご親切にどうもありがとうございました。友達が待ってるみたいなんで、ウチはもう行きます。」
人の間にツレの顔がチラリとみえたので、ウチはにーさんに深々と頭を下げて背を向けた。
失礼なんは分かってるんやけど、わざと名前を言わんかったし、自分のことも一切話さんかった。
にーさんのことも、向こうが言い出さんのを之幸いに興味のある素振りもせんかった。
たぶん、もう二度と会わんような人やろうと思ったから、執着はせんとこうと防衛本能が働いた結果や。
せやのに。
「待って。」
手を掴むな。アカンねん、他人に手首を掴まれんのは苦手なんや。キモチワルイ・・・。
ウチは嫌悪感から乱暴ににーさんの手を払った。
「名前・・・教えてもらおうと思っただけやねんけど・・・。」
さっきの行為が拒絶やと勘違いしたにーさんは自信なさ気に語尾が消えかかってる。
拒絶は拒絶やねんけど、手を掴まれたことに対する拒絶であって、別ににーさんが嫌いなわけやない。せやしさっきまでニコニコ話してたやろうに。
にーさんに対する拒絶もあながち間違ってはいいひんのやけどもな。
でもここで頑なに名乗るんを拒否するんもお高くとまってて何様のつもりやねんって嫌な女丸出しの自意識過剰になるからそないなことはせん。
どうせ名乗っても、このにーさんにはすぐに忘れ去られてしまうんやろう。
「沢柳大和です。」
ウチはなるべく早口で言うと、さっき見つけたツレのもとへ一目散に駆け出した。
「ボクはサソウトモミ!!」
肩越しに聞こえたはずの名前はすぐに忘れようと努力した。
忘れろ、忘れるんや。
あの人は住む世界の違う、雲の上の人なんや。おんなし言葉を喋っても、きっと同じ道には立てんのや。
ウチの名前を聞いたんかってきっと社交辞令で、次の瞬間には他愛もないことと忘れて、同じ世界の綺麗で上品なおねーさんと楽しく会話してるんや。

「もー、ヤマトったらどこ行ってたの?探してたんだから。」
連れのアキちゃんが走り寄ってきたウチを見つけて怪訝な顔で出迎えてくれた。
「ちょっと・・・トイレ。」
「もしかして、迷ってた?なんだか泣きそうな顔してるよ。」
泣きそうか・・・、せやな、ホンマ今泣きたい気満々やわ。なんでやろね。
もう・・・帰りたい。こんなトコはウチの居っていい場所とちゃうんや。
「ごめん、私もう帰るよ。なんか気分が悪くなっちゃったみたい。さっきお酒飲んじゃったから酔ったのかも。」
えへっと作り笑いを浮かべて連中を見回した。みんな口々に「大丈夫?」とウチの体調を気遣ってくれる。
見家も心配げに顔をゆがめてウチをじっと見ていた。何か言いたそうな口をしてるけど、なんも言い出さん。なんや、言いたいことがあるんやったら早よ言いよし。
「ヤマトが帰るんなら私達も帰ろうか。もう遅いもんね〜。」
女子連中が帰るムードになったがために男子連中も仕方なく帰るムードへと移行した。見家はまだ用事があるんかして残らなあかんらしい。
ウチらをホテルの玄関まで見送るのについてきた。
「ヤマト・・・。」
背後から見家に声を掛けられる。連れはみんな先に出てしもて、意味ありげにウチらをガラス越しに見やってた。
見家がウチのこと好きなんは、別に隠すようなことでもなく前からみんなが知ってることで、それについてはよく冷やかされていた。ウチがなかなか見家に靡かんから、連れはすっかり見家の味方や。
「なに。」
ガラスの向こうの連れが、はやし立てる仕草をするので、余計にそっけない返事をとってしまう。あいつらを喜ばすか。
「今晩はさ、本当は、俺、お前を両親に会わせたかったんだ。」
真っ赤な顔をして言うな、このシャイボーイ。シャイでもないんやけどな、コイツ。
「付き合ってもいないのに、ご両親に会ってどうするのよ。私は見家の友達だって言うわよ?」
「だから、付き合って欲しい。」
「それはムリ。見家のことは友達以上でも以下でもない。それ以外に見れないの、だからムリ。」
「・・・・・・・・・」
こんなトコで告白してくるとは思わなんだ。あせるやん。
ウチのはっきりとした拒絶に見家は言葉を失う。表情をなくして見家の周りの空気が凍りついて止まったように見えた。
「・・・・・わりぃ、気分悪いんだったな。帰ってゆっくり休めよ、また来週ガッコでな。」
いびつに笑顔を取り繕って、見家はウチの頭を撫でたが、ウチにはそれすらも厭わしかった。
なんや、もう終わりか根性なし。全然食らいついてこんな、張り合いのない。
スッポンのように根性見せられても煩わしいだけなんやけどな。
ほんでアンタは結局、ウチを諦めて友達としてやっていってくれんのか、縁を切るんかどうなんや。そこんとこはっきりさせてほしかったんやけど・・・。返事を聞くことなく、見家は踵を返して会場に入って行ってしまった。
ああ言う所が好かんのや!
自分の立場が弱なったら逃げ出すんや!ああ、腹が立つ。




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