第三話


「なあ、たかし。サソーのオッチャンはここにはいてないんか?」
ドキドキしながら聞いた。
会えるんやったら会ってみたい。
まわりに同じ言葉を喋って同じ感性で笑う人間がおらんから、どうしても仲間を求めてしまってる。
郷愁の想いに駆られて、同郷の人を求めてしまうんは致し方ない心理やろう。
何度あの街に帰りたいと泣いた事か。
きょろきょろと首をめぐらすたかしを上から見下ろしながら、ウチはあの街を思い描いた。
「うーーん、んーん。今日は来てないみたい。」
「そう・・・。」
なんやガッカリ。

たかしは他にも幼稚園であったことや兄貴と両親のことも話してくれた。
その半分以上をウチは理解してなかったけど、たかしはそれで満足らしかった。
ウチに少しは心を許してくれたのか、たかしの親が迎えに来るまでたかしはウチの振袖をじっと握ったままやった。
皺・・・。

迎えに来たたかしの親は金持ちらしいエエ服を着た上品な夫婦やったけど、どうもオカンの方は気の強そうな教育ママっぽいカンジでそりが合わなさそうやと直感した。
あれが見家の姉ちゃんか、確かによう似てる。

ところで見家やその他ツレはどこへ行ったんやろかと今までたかしに夢中で微塵も思い出さんかったウチは、たいして焦りもなくマイペースでホテルの探索がてらトイレを探しに行くことにした。
実はさっきアルコールをこっそり摂取してたので、もうトイレに行きたくて行きたくてたまらんかったんや。
しかしオチはベタな迷子と言う形で終わった。チーン。
どうも今夜はこのパーティで貸切らしく、あり得へん話やねんけど従業員の姿が殆ど見えへんかった。
行けども行けども廊下、突き当たり、壁。どうなってるんや。
ホテルなんぞ簡単な造りやろうて、迷うことがあらへんもんとちゃうやろか。そんなところで迷子になるウチは相当の方向音痴なんやろか。
あかん、トイレに行きたいわ、酔いがまわってくらくらするわ、身体は熱いわ。
ウチは冷や汗を垂らしつつ、必至に迫り来る尿意と戦っていた。
誰か助けて!この際誰でもいい。見家でもいい。あいつに弱味を見せるんは不本意極まりないけど、この際どうでもいい!
緊急避難、緊急避難。
もう、ムリ!

「こっち。」

急に手を引かれて驚いた。火照った熱い手に、ひやりと冷たいものが触れて、視線を下げると他人の手やった。
ウチから見えるんは男の人の背広の後姿だけで、知り合いでない事がわかるくらい。
「え・・・・、ちょっ・・・ちょっと。」
戸惑うウチを完全無視で男の人はずんずん歩いていく。それに歩幅の狭い着物でついていくうちは精一杯で、手を振り払うことも相手の思惑を推し量ることも念頭から抜けていた。
だから男の人が立ち止まってウチの手を離したところが、探していたトイレの前やったこともしばらく気付かれへんかった。
「行きたかったんじゃないの?」
振り向いた男の人がチラリと視線をトイレに向けたことで、ウチは忘れていた尿意を思い出した。
「ちょっ・・・!ちょっと待ってて、あんた。あとでちゃんと礼言うから。ここにおって!!」
何よりもまず生理的欲求を消化したいウチは、礼をしたい相手であるにもかかわらず、失礼極まりない言動で待機を命令した。目もまともに合わさんと、身を捩りながらトイレに吸い込まれていく。
人間、極限状態に陥ると品の有無っちゅーのが出てしまうんやな。
ウチはトイレに姿を隠す直前に、再び振り返ってひらひらと手を振る男の人にもう一度待っててやと怒鳴った。
「行っトイレ〜〜。」
「さぶっっっ!!!」
思わぬオヤジギャグにノリの良さから食いついてしまい、間髪入れずにツッコんでしもた。
うん、今の間は良かった。
しかし、なかなかイケルくちやなあの人。


スッキリして酔いもちょっと落ち着いて、頭の回転が戻ってきた。
しかしついさっきのことを思い出すと、トイレから出ようにもなかなか足が動かん。
親切にトイレに案内してくれた人に、ウチはなんとゆーシツレイな事を言いまくったんや・・・。
タメ口、命令口、挙句の果てには怒鳴ってもたで・・・。
あああ、自分で自分が呪わしい・・・。
しかしちゃんと礼はせなアカン。トイレのエントランスを重い足取りでくぐると、さっきの親切な男の人はトイレの傍の喫煙所でタバコを吸っていた。
紫煙を吐き出しながらウチに気付いて手を振った。
なんや、オヤジギャグ言うわりには若かったな。けどウチよりかは年上や。
「スッキリした?」
「ブッ」
ウチが近づくとにーさんはタバコの火をもみ消して、ニッと笑いかけた。
年頃の乙女に向かってそーゆー声の掛け方はアカンと思うねんな・・・。確かにスッキリはしましたよ、おかげ様で。
ウチは思いっきり眉間にしわを寄せてにーさんをにらみつけたった。
初対面でシツレイなにーさんやな。
「さっきは失礼しました。ご親切にありがとうございます。」
好意的とは言いがたい、慇懃な態度で頭を下げてウチは一人、廊下を進んだ。
「会場どこかわかってる?」
背中に掛けられた笑いを含む声に、ウチは立ち止まってゆっくり振り返った。
顔を真っ赤にしながら。
穴があったら入りたい・・・。
ここまで迷い通しやったんに、帰りで迷わんわけがない・・・。

「ほな、行きましょかオジョーサン。」
真っ赤に俯いたウチの頭に掛けられた言葉。ウチは勢いよく顔を上げてにーさんを見る。
唖然としてにーさんの顔を凝視したけれど、当のにーさんは不敵に笑んだまま。
「・・・関西の・・・お人ですか?」
高揚する気持ちを押しつけて、ウチはにーさんに聞いてみた。
久し振りに聞いた関西弁に嬉しくなって、つい自分も方言丸出しイントネーションを隠すことができひん。
にーさんはそれに「歩きながらでも」とウチを促して、二人ホテルの赤絨毯の上を歩き出した。




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