第十二話


一気に言うたけど、前の人の反応が正直怖い。さっき片眉を上げた仕草がいやに目に付いた。
あんな風に負の表情を顔に出されたらウチはどう対応していいんやろう。
でも見んわけにはいかんと、ウチはそろっと顔を上げた。
ほしたら前の人はきょとんと、長い睫毛を瞬いて、ウチの顔を凝視してた。
「なっ・・・何!?」
予想外の反応に戸惑って、思わず身を引く。
「うん?まあ、アンタの言うことは分からんくもない。」
意外にアッサリした物言いで。
「つまりはや。」
言いながら箸を手にとって、昼食を再開しようとてか。視線で促されてウチも箸を取った。
「アンタはオレに劣等感を抱いてる。オレと一緒におってオレをめぐる環境に戸惑うのが嫌なんや。自分とオレとの違いを見るのが嫌なんや。」
前の人は言葉の最後に生姜焼き定食をほおばった。同意を求めるように首を傾げられたので、首肯しといた。
ウチも餃子ほおばってんねん。
「へもは。」
口に物入れながら喋るな。なに?「でもさ。」てか?
味噌汁で流し込むつもりやな。よう噛んで食べやんと、消化にも悪いし満腹感も得られんと無駄に食うて太ってまうんやで。オッサンになったら太るでアンタ。
「オレとアンタの何が違う?」
コンッとテーブルに味噌汁の椀がぶつかって鳴る。
「アンタは価値観が違いすぎるって言うた。他人やねんから価値観の違いなんぞ当たり前やろう?そやしオレの価値観なんかアンタに分かるんか?」
出会って間もないのに・・・?
「・・・ほんならその言葉そっくりそのままアンタに返すわ。出会って間もない、お互いのことよう知らんのに、アンタもなんでウチなんかに付き合おうとか言えんの?アンタにウチのなにが分かるんよ。」
なんか腹立つ。
なんも分からんよ、なんも知らんよ。アンタのことなんか。ウチのことなんか。
知った風な口きいて、ちょっと年上やからて上から物言いやがって。
「なんも分からん。」
でも返ってきた言葉はやっぱりアッサリしてて、怒りかけてた熱が一気に下降していった。
・・・調子狂うな。
「オレもアンタのことは名前しか知らん。せやけど知らんことはアンタを好きになる妨げになるもんなんか?好きになるんは全てを知らんとアカンのか?違うやろ?」
ウチは肯定も否定もできひんかった。肯定してしまったらこの人の申し出を受けてしまうから。
否定もせんのはこの人の言うことがウチにも分かるから。
ウチもこの人と同じなんやもん。互いに一目ぼれってオカシイなあ。ビビビやな。結婚までは考えへんけど。
「オレはアンタのこともっと知りたいから、付き合って欲しいんや。」
最後にそう言われて、お昼ご飯は終わった。




「はあ。」
溜息。
「やまとさん、しあわせがにげるよ。」
目の前で尊が首をかしげる。かわいいなあ。
でも言うてる言葉はかわいない。ほっといてくれ、女には憂いの時期があるんや。
尊は今日もウチの家に来て、今はダイニングテーブルで絵を描いている。尊の兄ちゃんは画家志望で美大に通ってるらしいが、尊にはその才能はないらしい。
「サソーのおいちゃん」と嬉しそうに笑いながら画用紙に目いっぱいクレパスで絵を描いていく。
そこには大口を開けて豪快に笑うらしいサソーのオッチャンがたくさんの団子と一緒にちゃぶ台を囲んでいた。
子供の絵って理解不能や。ウチもこんくらい小さい頃は同じような絵を描いてたんやろなあ。
ボーっと尊の絵を見てると
「はあ。」
また溜息。
あのお昼ご飯のあと、別れ際にあの人はウチの手のひらに口付けて去っていった。なんて軟派な行為やろか。
でもウチの心を鷲掴んではなさへん。
あの人の言った言葉はウチには重い。
誰かが誰かを好きになるのに、価値観とか身分とかお金とか、そーゆーのは必要ない。
必要ないけど、全く現実を見んというのも情熱的すぎて、ウチは引いてしまう。
その時限りの情熱に身を滅ぼして後悔せん自信はあらへん。
「はあ。」
「やまとさん。」
何度目か数えるのも忘れた溜息のあとに尊の声で視線を下げた。そこには画用紙いっぱいに描かれたウチの絵。
ウチやと言われへんかったらサソーのオッチャンと何が違うんかわからへん。
「ああ、別嬪に描いてくれてありがとうね。上手上手。」
「・・・・・・。」
あまりにも気のない感想に、さすがの尊も絶句したみたい。すまんすまん、でもそれどころじゃないねんな。
「やまとさん、ぼくね今度サソーのおいちゃんとこに遊びにいくんやけど、いっしょにいく?」
「いく。」
ボーっとしてたけど、コレには素早く反応。行く行く行く!!!はいはーい!
うおー、大金持ちのお宅訪問や!尊ん家も相当なもんやったけど、聞くところによるとサソーのオッチャンの家は更に凄いらしいやんか。生で豪邸訪問や!
サソーのオッチャンにもちょっと興味あったしな。
「よかった、元気になって。」
にっこり笑った尊に胸が押しつぶされそうにキュンとなって、思わず頭をぐりぐり撫でてやった。
んもう、愛しいな尊は。




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