第十一話


ウチの目の前には今正に出来立てホヤホヤの餃子定食が湯気を立てて置かれてる。
はふー。はふー。
味噌汁を充分冷ましてから、ちょびっとすする。
お、ようお出汁が効いてて美味しゅうおます。大根と薄揚げ（いわゆる油揚げ）とワカメが入ってて、ウチの好みの具ばっかりや。
餃子もホカホカの内に食べやんとね。餃子タレに付けて、はふ。ほふほふ。
うむ、美味い。
ちょっと、この餃子、エビが入ってるやないの。うま。エビ、プリプリやし。ご飯とよう合うわ。ご飯もよう立ってて美味しい。
ちょっと、定食屋で餃子にエビが入ってるってどういうことよ、高くないん？コレ。
この香々(こうこ)（漬物）もちょっと日向臭いのがまた味わい深いね。これもようご飯に合います。
あ、これ何、ひろうす（がんもどき）と蕗(ふき)の炊いたんか。
おお、薄味で美味い。
こっちきてから外でようご飯食べへんかったんよねー。なんちゅーか、ハッキリ言うと口が合わん。
ああ、久し振りに家以外で美味しいもん食べたわ。
幸せ〜〜。


くっくっくっくっくっく・・・・・

声を押し殺して肩を震わせて、前に座る人はウチの様子を見て大爆笑。・・・してるらしかった。
その間自分のご飯を食べられるわけもなく、箸は止まったまんま。
くら！ウチがアンタの分全部食べてまうで。
その蛸ときゅうりの酢の物美味しそう。じゅる。
あ、食い意地はりすぎやな。アカンアカン。
「ドウゾ。」
物欲しそうな顔してたんやろなあ。笑いを押し殺しながら、前の人はウチがさっき目をつけてた酢の物の小鉢をスイっと差し出してきた。なんちゅーか、申し訳ないし恥ずかしいわ。
「ドウモアリガトウゴザイマス。」
居た堪れないくせに、視線は酢の物に釘付けで、ああ、ウチってなんて現金な女なんやろな。
ポリッ。
あー、やっぱり想像してた通りの味や。そんなに酢がキツくもないし甘さも程よい。蛸美味い。
「オレ、やっぱりアンタのこと物凄い好っきゃ。」
ぶ。
臆面もなくそないなこと突然言われたら、口の端からきゅうり出してもたやないか。
ココに来た目的をすーーーーっかり忘れてた。
ウチも箸を動かす手を止めて、前の人に向き直る。目を合わせんの、恥ずかしいけど、この人には悪いけど、ウチには分不相応やから。ここでハッキリ断るんが、ウチのためでも、この人のためでもあるんやから。

「も一回言う。好きや、オレと付き合ってください。」
「無理。」
即答で一刀両断。
「なんで。」
それでもスミクラトモミは食らいついてくる。いややな、料理冷めてしまうやないの。
「ウチはアンタのこと好きやない。」
諦めて欲しい。アンタとウチでは釣り合わん。民主主義の身分などないと思われてる現代でも、『身分違い』は存在するんよ。所詮、庶民はどう頑張っても庶民でしかないし、上流階級の人間には相応しくないんや。
「嘘やな。」
せやけどこの人は、ウチの気も知らんでいけしゃあしゃあと何をぬかしよる。
「オレの目を見て言うてくれ。アンタはちっともオレを見ん。」
ぎくりと心臓が軋む。
嘘を言う時ウチは目を逸らす。以前、妹の撫子に指摘されたことがあるウチの癖。
知らんと俯いてた顔を指摘されて、慌てて仰ぐと、真っ直ぐな視線に貫かれた。
ホンマの、事を言うた方がええんやろうか・・・？
ホンマのことを言うたらこの人は諦めてくれはるやろか・・・？
ウチは下唇をぐっと噛み締めた。


「・・・ウチは、アンタのことが信用できひん。」
ポツリと呟いた言葉に、前の人は片眉を上げて心外そうに目を開く。大きく開いた目は長い睫毛に縁取られていて、そういえばこの人えらい小奇麗な顔してはるなあと思った。
影を落とす睫毛は瞬くと、存在を誇張するように揺れ動いて、余計に長く見える。
整った顔立ちに、裕福な家庭、賞を取るほどには優秀な技量をお持ちで。天から二物も三物も与えられた人間が、なんであえてウチのような凡庸な子を選ぼうとするんか。
「アンタ、えらいエエトコのお坊ちゃんなんやろ？せやったらウチなんか選ばんでも周りにもっと別嬪なひと居てるんとちゃうん？アンタはウチとは違う世界で生きてる人やし、ウチみたいなんは珍しいだけやと思うん。ちょっと大阪弁喋るだけで、その辺にいてる平凡な子と何にも変らへんのんよ？綺麗でもないし、頭もエエ事ないし、体型がモデルさんちゅうワケでもあらへん。あんな世界を見慣れてるアンタやったら、きっとすぐに飽きてしまう。」
そう、きっと飽きてしまう。
ウチはスミクラトモミが何にも言わんのを良いことに、喋り続けた。
「・・・アンタの言葉を信用して、ウチはアンタと付き合ったとしても、きっとすぐに飽きられてしまう。ウチはアンタからしたら所詮、貧乏な家の子なんや、価値観が違いすぎる。きっと何の話も合わへんよ。」
このまま受け入れて、未来でなくしてしまうのなら。
今、全部を否定して、全て拒絶してしまった方がいい。




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